2008.11.30、明治学院教会(134)待降節 ①
“待つ(2008 礼拝説教・マルコ)” の続きを読む岩国への想い(2008 沖縄・もとすす)
2008年4月「求め、すすめる通信」第9号所収
沖縄から米軍基地撤去を求め、教団『合同のとらえなおし』をすすめる連絡会
実のならないいちじくの木の譬え(2008 聖書の集い)
2008.4.9 「福音書の中のイエスの譬え話」第13回
湘南とつかYMCA「聖書の集い」
(明治学院教会牧師 74歳)
(サイト記)現在、予告文しか見つかっていません。本文が見つかればアップします。2013年に同じ箇所を取り上げていますので、そちらをご案内致します。
ルカ福音書 13章6節−9節 「実のならないいちじくの木」のたとえ 新共同訳
そして、イエスは次のたとえを話された。「ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しにきたが見つからなかった。そこで園丁に言った。『もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。』園丁は答えた。『御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。』」

(予告文)イエスの時代に、これとはよく似た民話が流布していた。そこでは木は切り倒されてしまう。イエスを下敷きにして、その民話とは異なった結論を、譬えで語った。「最後の結論(刑罰)の延期」を求め、執り成す園丁とは誰なのか。

毒麦の譬え(2007 聖書の集い)
2007.12.12 湘南とつかYMCA「聖書の集い」
「福音書の中のイエスの譬え話」第7回
震災と神戸(1995 教会報・神戸教會々報 56)
1995年4月2日発行、神戸教會々報「阪神大震災 特別号」所収
▶️ 1995年4月2日 神戸教会週報
▶️ 説教:わたしが大地を据えたとき
神を待つ ①《ヨブ記 35:9-16》(1995 礼拝説教・ヨブ・震災から二ヶ月)
1995.3.19、神戸教会
震災から61日目、復活前第4・受難節第3主日
(1995年3月19日 週報)
自分を見つめる(1994)
神戸教會々報 No.141 所収、1994年7月17日
“自分を見つめる(1994)” の続きを読む恐れるなマリヤよ(1983 神戸教會々報 ⑰・待降節)
1983年12月18日発行、
神戸教會々報 No.105 所収、
(この日の礼拝説教)まつりごとはその肩に《イザヤ 9:6-7》