神奈川教会(2009 教会と聖書38)

「教会と聖書」74号(2009年12月?発行)所収

(明治学院教会牧師、健作さん76歳)

 神奈川教会は横浜駅から東横線で一駅・反町を降りて駅の南東徒歩で3分のところ、丘の上にある。

 横浜はキリスト教開教以来、改革長老派の教会が多い。そんな中、メソジストの伝統の教会で、創立は1875年(明治8年)、昨年134年を記念した。R.A.マクレー宣教師夫妻の開拓が起源である。夫妻はかの有名な青山学院をも創設した。

 教会員・二宮ワカ姉が1893年(明治26年)神奈川幼稚園を始めたが、太平洋戦時下、横浜大空襲で途絶えたものを教会が1948年教会付属神奈川幼稚園として開設。国の学法化政策の嵐の中にも宗教法人立(102条園)として見識ある運営をしてきている。1967年、現会堂・幼稚園舎を建築、以後エレベーター、冷暖房などを設置し、幼児教育を通じ地域に根付いたモダンな教会である。

 歴代牧師は31人を数える。戦後の発展には牧師・滝沢陽一の働きが大きい。1996年以来、阪口吉弘牧師が赴任。同氏は魚住せつ牧師の「門下生」、同志社神学部出身、兵庫教区では甲南教会に働いた。そんな誼があってか、創立記念礼拝に招かれ、この教会に出会った次第である。

紅葉坂教会(2010 教会と聖書39)

大船教会

大船は、東海道線、横須賀線、根岸線、湘南新宿ライン、湘南モノレールが交差する交通の要路。中通り商店街には庶民の活気がある。安い。駅から歩いて10分位のところにある大船教会も足の便が手伝って沿線各地から信徒が集まる。メソジスト系の鎌倉教会の高田彰牧師の開拓に依るが、今年創立75年を迎える。岡崎晃牧師の時、地域環境から宗法の幼稚園の廃園に踏み切った。今、園舎は地域にも開かれた諸活動に使われている。野宿者支援の夜回りをする市民グループもここで会合を持つ。手狭で借地のままの老朽化した礼拝場所に代わって、1996年初めて取得ができた園庭だった土地に今年、新会堂を建設した。ヴォーリズ設計事務所に拠る「船の先端を思わせる幾何学的デザイン」の会堂である。これを「神の元にある人間の普遍性と安定性を知覚させ、人は神によって人生の完成や成熟へと導かれることを表現した祈り」「命の深みを追い続ける旅」の象徴だと現牧師・渡辺誉一氏は語る。古い礼拝堂の最後の礼拝の昨夏、礼拝説教と婦人会講演の招きを受けたことが印象に残っている。

明治学院教会

 学校法人・明治学院は「理事のキリスト教条項の弾力的運用」を決議すると同時に、明治学院「教会」の設置を決めた。想像を超える紆余曲折を経て、今、私が「牧師」を受諾している単立明治学院教会は創立4年目を迎えている。

 教会の活動は、20年余り前、東京都心「白金」校舎から分離移転した横浜戸塚の広大な大学キャンパス内のチャペルを無償使用して行なっている。会員23名。学院関係者は少数であるが、宣教分野の人の繋がりには「明治学院」の背景が大きい。

 宣教師ヘボン、賀川豊彦、島崎藤村など、教師・学生の歴史は厚い。東京神学大学はここの神学部が前身である。同志社出身のリベラリスト、社会派の牧師を訝しく思う声もなくはない。

 この冬、初めてのこの教会会員の葬儀があった。「君は愛されるために生まれてきた」(イ・ミンソブ作詞・作曲)の歌のように、家族、教会員にこよなく愛された徳永ゆうちゃんは、6ヶ月で幼児受洗、1年3ヶ月でダウン症合併症の心臓手術後、帰天した。この幼子は無言のうちに両親、兄の家族を受洗・信仰告白に導いた。私は「学院」と「教会」の強烈な違いをゆうちゃんから知らされた。「学院」は幼子がいなくても成り立つ。しかし、イエスが招いた「永遠の幼子」がいて、初めて「教会」は「教会になる」ということを。