アルバム(1978-2002 神戸)

 神戸初日の一枚。

 神戸教会牧師就任の際の岩井文男牧師による祝祷。

 冒頭の写真(下は同じもの)は、1978年7月16日、神戸教会牧師就任後初めての夏季特別集会・主題「説教と日常生活」(講師:岩井健作牧師)の後の集合写真。健作さんの左隣が山下長治郎兄。その左隣が招聘委員長の東山正芳兄。健作さんの右隣が前任・児玉浩次郎牧師。

 1979年、小磯良平ご夫妻と。文化功労者に選ばれた記念の懇談会。

 1979年、夏季特別集会講師、ダグラス・マッカーサー宣教師と。

 1996年12月、震災の翌年、ボランティアに訪れた際の小田実さん。左は津田伝道師です。右に鼻だけ写っているのが健作さんでしょうか。

 津田伝道師の前の青木伝道師が震災の時に教会員に説教をプリントアウトして配信し始めたそうです。ワープロでデータ保存する習慣は1995年以降と聞きました。

北海道の旅。1983年夏、元浦河教会にて。神戸教会の前身・摂津第一公会の信徒である鈴木清、沢茂吉らの開拓伝道団、赤心社により建てられた教会を訪ねて。宮嶋牧師夫妻と共に。安中教会全牧師で健作さんの同級生・五味一先生は現役で今もこの教会と浦河教会(浦河べてるで有名)の牧会をしています。健作さんの頃は、元浦河から母教会である神戸教会を訪ねる開拓世代の方がおられたそうです。

 田中忠雄画伯ご夫妻と。

 1994年8月20日、火災にあった後の杉原助牧師ご夫妻を安行教会(埼玉)に訪問。この火事でほぼ翻訳を完了していたブルトマン『ヨハネの福音書』の原稿は消失、再度翻訳し、2005年出版に至る。

 2000年7月「沖縄交流の旅(その背景)、沖縄で出会った人々」。

 2007年に撤去された「象の檻」と呼ばれた米軍楚辺通信所(沖縄読谷村)を背景に。

 沖縄の旅に同行した一色哲(あき)様(現在、帝京科学大学教授)との一枚。

 辻宏兄(蘇原教会員)を中央に、左にペーター・プラニアフスキー氏(第1回演奏会 2002.4.22 奏者)、工房メンバーが何名おられるのか、不明です。「オルガン建造の現場に居合わせて 岩井溢子」。

 神戸教会オルガニストの瀬尾千絵様を囲んで。

 上の写真は、2002年4月7日、最後の礼拝の後の集合写真。健作さんは右手に古森昇兄の遺影の額を持っています。

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