History

(サイト補足)このテキストは整理のため作成したもので、健作さんによるテキストではありません。

(岐阜)
1933(昭和8)年8月1日生  岐阜県加茂郡加茂野村(農民福音学校)

岐阜県加茂郡加茂野村

(岐阜〜京都)
父岩井文男が同志社神学部に入学、京都に転居。

(〜東京 ⇄ 群馬)
父岩井文男、同志社卒業後、東京市渋谷区八幡通にて開拓伝道。
「日本組合渋谷教会」
常盤松尋常小学校から松澤小学校に転校。
(父の開拓伝道地が杉並区永福町となり、渋谷教会から永福町教会に)
群馬県北甘楽郡高瀬村に疎開。疎開後、松澤小学校に戻る。

(東京〜岐阜)
1946(昭和21)年、加茂郡坂祝村黒岩に転居。再度の農村伝道。
坂祝(さかほぎ:現中濃)教会、開設主日(1946年10月6日)に受洗、13歳。
山羊の世話が日課。日曜学校。


中3のとき、同信会の高校生献身者キャンプに参加。
加茂高校入学、卒業後、同志社大学神学部に入学。18歳。

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岐阜県加茂郡坂祝村黒岩1412

(岐阜〜京都)
京都教会に転入。同志社大学神学部・大学院(1952-1958)で神学修士取得。
修士論文「エペソ書の教会論 – その真理契機と体得契機」
当時の神学部長大下角一 「自由人にして野人」


(西中国教区)

・広島流川教会 伝道師 (1958-1960)2年

広島流川教会 小礼拝堂

・呉山手教会牧師(1960-1965)広島県 5年 

広島県呉市山手1-2-4

・岩国教会牧師(1965-1978)山口県 13年


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『洗礼を受けてから』『洗礼を受けるまで』日本基督教団出版局 初版 各1968, 1969年発行


(兵庫教区)

神戸教会牧師(1978-2002)24年   

1978年 44歳、神戸教会牧師就任。

学校法人頌栄保育学院理事長、社会福祉法人神戸真生塾理事、神戸聖霊事業団理事、聖和大学非常勤講師、教団常議委員、兵庫教区議長、阪神淡路大震災対策委員等歴任。
『近代日本と神戸教会』 (1992年)



1995.1.17 阪神・淡路大震災


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2002年、70歳、神戸教会を退任(前神戸教会牧師)、教団引退教師。
神戸教会最後の説教「”所与”の恵み」
神戸教会後任には現菅根信彦牧師。


(〜鎌倉)日本基督教団引退教師

神奈川県鎌倉市二階堂405

・川和教会牧師代務者(2002-2004) 2年 

(2004.7-8、渡辺英俊牧師と共に小井沼牧師夫妻を訪ねるブラジルの旅、ブラジルで74歳の誕生日。帰国後大倉一郎牧師らとラキネット発足につながる)


単立明治学院教会牧師(2004-2014)10年 


YMCA「聖書の集い」講師(2008-2016)、神奈川教区基地自衛隊問題小委員会、「鎌倉に震災銭湯をつくる会」代表、ラキネット世話人、「北村慈郎牧師の処分撤回を求め、ひらかれた合同教会をつくる会」副代表、「沖縄から米軍基地の撤去を求め、教団『合同のとらえなおし』を求めすすめる連絡会」代表、等々。

『地の基震い動く時 – 阪神淡路大震災と教会』 (2005)
『兵士である前に人間であれ –反基地・戦争責任・教会 –』(2008)


2011.3.11 東日本大震災


2012年礼拝説教
2013年礼拝説教
2014年礼拝説教
2015年礼拝説教

(まだ編集前ですが、一部テキストデータ化して本サイトに掲載中)

2014年、80歳、牧師退任後、神戸教会籍を単立明治学院教会に転入会。信徒として定期的に信徒講壇(-2016) 最後の説教「蒔かれた種は成長する」


(鎌倉〜群馬県高崎)
(2016-現在) 社会福祉法人新生会、財団法人榛名荘入居(原慶子理事長)
 安中教会に転入会。
85歳 『聖書の風景 – 小磯良平の挿絵』(2018.8)発行。

『聖書の風景』出版に伴い、神戸教会にて説教「主の慈しみ」


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現在85歳、13歳で受洗して72年、牧会56年、附属幼稚園園長42年。


本年表は今後適宜更新します。