1995.1.17 震災で倒壊した下山手カトリック教会 95.5

「私はこのところしばしば瓦解した下山手カトリック教会を訪れます。夕方、ここには人影はありません。取り片付けをしていないその佇まいは、静寂であればあるほどに、計り知れない神の力を証ししているようです。崩折れがそのままになっていることに逆に救いを覚えます。それは私たちの価値観の転換を求めているからです。原初に帰ること、これは私たちの行き着く地点ではないでしょうか」
(1995.4.2 神戸教会説教)

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