1958年8月1日、健作さん25歳、廣島流川教会伝道師、京都教会にて小林溢子姉とご結婚。
上の写真は、京都教会での婚約式。ご両親とご友人。野本真也さんが後列右側に写っておられます(中央前から後ろに、健作さん、文男さん、野本さん)。野本さんは2年後輩で壮図寮仲間、後に同志社大学神学部長となられてからも、神戸教会の要請に応えて24年間で8名の優秀な伝道師を派遣、神戸教会の牧会を陰に陽に支えてくださったと聞いています(健作さんの代わりに溢子さんが書いてます)。

溢子さんが芳名録を保存されていて、そこに笠原芳光先生「青春無限」。笠原芳光さんが神戸教会伝道師の時、健作さんが派遣神学生、お二人の交流はそれ以来続きます。

健作さんは大学1年から3年まで、京都教会への派遣神学生として教会生活を送りました。坂祝、蘇原教会の応援にも行っています。
婚約式・結婚式は京都教会。廣島流川教会の伝道師時代に、結婚式の不在中、廣島に応援に来てくれたのも、田口重彦先生だそうです。
<婚約式>


<結婚式> 1958年8月1日 京都教会




御結婚から60年、おめでとうございます!



新婚旅行は山陰地方とのこと。

