『兵士である前に人間であれ-反基地・戦争責任・教会-』岩井健作 (ラキネット出版 2014年)

兵士である前に人間であったら、軍隊は成り立たない。だから徹底的に弾圧された。しかし、ベトナム戦争時、岩国では「人間であれ」と自らに言い聞かせて米軍海兵隊兵士が反戦活動をした。私は当時、基地の街で牧師をしていて、彼らの活動にお付き合いをした。その当時のエッセイが第一部。40年を経た今、読んでみて意外と新鮮なのは、政府が集団的自衛権行使容認に踏み切った状況だからである。「国家」と最後に対峙するのは裸の「人間の魂」である。戦後キリスト教を生きてきて、そこを突き詰めるためにも「戦争責任」「沖縄との関わり」を第二部で論じた。この本で隠れた仲間と出会えればとの思いを深くする。

岩国への想い

「求め、すすめる通信」第9号所収 沖縄から米軍基地撤去を求め、教団『合同のとらえなおし』をすすめる連絡会 2008年4月

1970年、当時私は岩国教会にいた。米軍がベトナム北爆を開始して世界の民衆の反戦運動に火がついていた。7月4日岩国労働会館で岩国ベ平連の主催で、小田実、小西誠、吉川勇一氏の講演会が行われた。

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岩国教会

 この1月、神奈川教区基地自衛隊問題小委員会の10名が岩国基地見学スタディで西中国教区を訪れた。錦帯橋近くの岩国教会で学習会と西中国との交流会を持った。

 この教会で13年間の牧会をさせて戴いた僕には、建物の細部の一つ一つに思い出がある。娘が幼稚園に入園した折り、植えた門の桜の木は40年を越えた年輪を刻んでいるが、建物の風景は昔と変わらない。

 あの頃も「米軍基地撤去」を叫んで行動した。ベトナム戦争の時はこの会堂で反戦米兵が密かに集会をした。「公安」が張っていた。基地依存の経済に甘んじているかに見えた岩国市民がこのたびの厚木基地の米空母艦載機の移転受け入れの賛否を問う3月12日の住民投票案には妨害を配して58パーセントの人々が参加し、9割が反対をいれた。「住民投票を成功させる会」の共同代表を現牧師・大川清さんが務めた。

 この教会が「地域に仕える教会」を標榜したのは私の前任・今は亡き、高倉徹牧師からだった。

 政府は住民の声を聞け、国防は大義ではない。
 民意を聞くことが憲法の大義である。


山口県岩国市岩国1-17-29 日本基督教団 岩国教会

錦帯橋(岩国)岩国教会から徒歩5分

長府教会 山口県下関市

下関の長府教会を初めてたずねたのは神学生の時だった。当時牧師は杉原助氏。続いて川上潔・千葉宣義・尾崎牧夫・小林平和・板垣弘毅の諸氏が牧会にたずさわっている。小林平和さんは、御父君亡きあとの東長崎ウェスレー教会に移り、同時に教団嘱託幹事を務めた。彼の癌の末期、かつて描いた長府教会のスケッチを持って、池袋まで行ったが、もはや面会は不可能だった。彼と共に眠っていた一枚である。「合同特設委員会」の席での彼の眼差し、訥々とした語り口が忘れられない。その思想は今も活きている。