神を待つ(1) 95.3.19

神を待つ(1) 95.3.19

説教 於神戸教会 1995年3月19日
震災から61日目、受難節第3主日

(サイト記)本テキストは1996年版にのみ収められた説教です。


ヨブ記 35:14

 ヨブ記を続けて学びます。
 今日の箇所で言われていることを要約してしまうと、次のような論旨になります。
 ヨブは神の前に正しく生きてきているのに、いわれない苦難を負いました。それが、何故か、という悩みに対して、三人の友人は、いわれのない苦難というものはない、あなたがどこかで犯した過ちの故の苦難だから、それに気づいて悔い改めねばならない、と主張します。ヨブは、それは不条理の苦難というものを経験したことのない者の言葉だ、もう君たちを相手にはしない、と言ってただひたすら神に挑戦して、この問いに対する神との討論を求めます。ここまでが、ほぼ3章から31章に渡って展開されている所です。
 ここまでには、何故、ヨブが苦しむのか、の答えは出ていません。実は、その答えのない所で、ヨブが、どこまでも、神に迫るという生き方、すなわちヨブの実存が、このヨブ記のテーマなのだという見方をする人もあります。例えば、それは浅野順一氏だということも、何回も申し上げてきました。
 しかし、ヨブ記は、一つの長い文学作品として、それなりの結論を言い表しています。それは38章以下です。その結論部分に至るまでに、32章から37章に「エリフの説教」という、これまでの流れとは全く違った、独立した論説があります。このエリフという人の素性は、よくわかりません。この人は3章から31章に至るドラマをよく研究して、それを踏まえて、秩序だって論理的にかつ説得的にヨブの問題に触れようとしています。きめ細かい、教義的な議論を展開しています。きっと若い学者なのでしょう。ヨブのように、降りかかった人生の苦難にくしゃくしゃになりながら、格闘している人とは大違いのようです。述べている宗教的真理はそれなりになかなか深いものがあります。ヨブ記の著者は、何故こんな長い挿入を、ここにいれたのでしょうか。後世の人は、いろいろと理由をつけて説明しています。いずれにせよ、聖書学者たちは、これはヨブ記にとっては二次的挿入だ、と考えているようです。

 さて、今日のところで言われていることは、神の沈黙ということです。そうしてヨブが叫んでも神が答えられないのは、結局ヨブの「高ぶり」によるのだ、というのがエリフの主張です。
 9節、「しえたげの多いのに叫び」とあります。苦しい時に神に呼ばわるのは人間の本性だといいます。「力ある者の腕のゆえに」つまり、圧政者からの解放を求め、解放運動をする人はいるということを言っています。
 10節、「しかし造り主なる神を讃えるものはいない」。叫ぶけれども、神を讃美はしないということです。
 12節、「彼らが叫んでも答えられないのは、悪しき者の、この高ぶりによるのだ」という展開がなされます。つまり、ヨブが叫んでも、神が沈黙されているのは、ヨブの奢りの故だ、という論旨です。
 ここまでで終わってしまうのであれば、これはヨブの三人の友人と同じでありますが、若いエリフはさらに付け加えて、14節でこう言います。「あなたが神を見ないという時はなおさらだ。さばきは神の前にある。あなたは彼を待つべきである。」中澤洽樹訳では、ここをもっと鮮明に訳しています。

 「あなたは神が見えないというが、訴えは届いているから、彼を待つべきだ」。

 「さばきは神の前にある」を「神がちゃんとさばいてくださるのだから、そこに委ねて、つまり、訴えは届いているのだから、待つべきだ」と言います。新共同訳も「あなたの訴えは御前にある」と訳しています。「しかと神はその訴えを受け止めているのだ」という意味です。
 10節は、二重括弧に入っていますから、エリフ自身の言葉ではなく、当時、人々に言い伝えられた信仰告白であろうと思われます。その中には「造り主なる神はどこにおられるか」という古い古い問いが入っています。これはエレミヤ書2章8節にありますように、「神を求める」切なる祈りであります。
 その造り主を、「夜、歌を与える方」だと言っています。これも古い信仰告白です。神の助けは、普通、朝与えられるのに、夜の暗い間にも讃美の歌を与える、という信仰を言い表しています。エリフは、神は夜の間の暗い時にも讃美の歌を歌わしめて力を与える方だ、ということを、どこかで知っていたのだと思います。私たちもそのことを知っています。教会の礼拝で繰り返し繰り返し歌った歌を、繰り返すことで試練に耐えたという証しをたくさんききます。

このたびの震災のことを記録した「ASAHI NEWS SHOP」という、アエラの編集部が作った本があります。編集取材をした一人、知人の中川六平氏は、私のところにも取材にきました。『1995.1.17.05:46』に何をしていたか、を取材しました。ですが、私の地震体験は、あまり一般的で活字にしても仕方がないので、載っていませんでした。代わりに、私が紹介した、1月16日の結婚式の翌日、新婦のお母さんが地震で亡くなったという話は、克明に記録されていました。
 その本の中に「お経を唱え続けた」という話が載っています。東灘区深江町の峠おいさんという、74歳の一人暮らしの人です。16日夜、銭湯から戻り、9時ごろ寝ます。激しい揺れに目を覚ましました。天井が折れ曲がって落ち、家具の間に挟まれます。余震でだんだん空間が少なくなります。救助を求めたが、ヘリコプターの音にかき消されます。外で人の気配がしたので、木切れを打ち鳴らしますが、誰も気づきません。長い長い時間が経ちます。その間お経を唱え続けた、と記してありました。
 クリスチャンであれば、讃美歌を歌い続け、主の祈りを唱え続けたということでしょう。前に紹介したように、私たちの教会の浅海さんは7時間そうしていたと証されていました。
 「夜、歌を与える方」という言葉が力をもっています。その「夜」、先の見えない時に「歌を与える方」という信仰が、「待つ」という生きる姿勢を支えます。


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