実のならないいちじくの木の譬え(2008 聖書の集い)

2008.4.9 「福音書の中のイエスの譬え話」第13回
湘南とつかYMCA「聖書の集い」
(明治学院教会牧師 74歳)

(サイト記)現在、予告文しか見つかっていません。本文が見つかればアップします。2013年に同じ箇所を取り上げていますので、そちらをご案内致します。

ルカ福音書 13章6節−9節 「実のならないいちじくの木」のたとえ 新共同訳

 そして、イエスは次のたとえを話された。「ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しにきたが見つからなかった。そこで園丁に言った。『もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。』園丁は答えた。『御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。』」

(予告文)イエスの時代に、これとはよく似た民話が流布していた。そこでは木は切り倒されてしまう。イエスを下敷きにして、その民話とは異なった結論を、譬えで語った。「最後の結論(刑罰)の延期」を求め、執り成す園丁とは誰なのか。