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「柏木義円を辺野古から読む」

     日本キリスト教婦人矯風会 関東部会講演 2018年5月15日
     (「k-peace 」No.9, 2018年8月号所載)

 

柏木義円。1860生、越後三島郡与板西光寺住職柏木円楽・やうの長男。星野塾から新潟及び東京師範で学ぶ。群馬県細野西小学校長。「神仏基合同講演会」で安中教会員根岸小彌太、牧師海老名弾正を知り、受洗。学資が続かず一度中途退学した、同志社普通学校に再入学。新島襄に認められ、同志社予備校主任。淡路の人、平瀬かや子と結婚。同志社在職10年。安中教会牧師在職38年。『上毛教会月報』創刊。発禁処分が続いたが、廃刊まで459号を継続する。日露戦争開戦に「非戦」の思想を表明。警察の追求、尾行を受ける。当時16歳の隼雄を頭に5人の子供の生育に苦労する。明治42年、教会員長加部寅吉が社会主義者の故、警察の捜索を受ける。義円も新聞条例違反にて罰金5円。大正2年肺結核の診断を受け、南湖院に入院。大正4年「軍備拡張反対」。大正7年、妻かや子脳血栓のため死す。大正8年(60歳)この年、組合教会の朝鮮伝道は国策に協力した宣撫工作だといって、反対を表明。当時その主唱者だった神戸教会牧師渡瀬に「渡瀬常吉君に問う」を書く(時代は異なるが、私はこの神戸教会で牧師を24年間務めた)。湯淺治郎と共に新礼拝堂献堂(現安中教会堂)。昭和3年「思想、良心の自由 及び言論の自由」(352号)執筆。昭和13年(1938年79歳)胃腸障害にて、死没。矢内原忠雄は学生時代に柏木を訪れて「・・奥様は病児の看護として千葉に在り、中学小学に在学中の令息たちは未だ帰られず、先生自ら五歳許りの病児を抱きてわれらを迎えられた、破れ畳に破れ障子、会堂の欄干には子供のおしめなどが一杯に干されてあった、しかも先生の額の光には限りなき霊の富がうかがわれる。」と回顧している。(『孤憤のひと柏木義円』片野真佐子 新教出版社1993年)。笠原芳光は『同志社の思想家たち』で「“幸福な単独者”それが孤立を招き、運動が育ちにくい」と若干の疑問を語っている。しかし現在、「非戦の願いをつぐ安中・松井田の会」が柏木の志を継承している。


辺野古。時代は異なるが国家権力と対峙した闘いに共通点がある。沖縄の苦悩は(1)琉球処分、(2)大平洋戦争下唯一の地上戦。(3)1972年「沖縄返還」後、国土0.8 %に73.8%の米軍基地集中。(4)普天間基地(世界一危険)の辺野古移設。 戦後米軍の土地収奪への農民の抵抗は、阿波根昌鴻の伊江島からの「ひとりからの乞食行進」闘争に始まり、島ぐるみ闘争へと広がった。翁長雄志が「普天間基地の辺野古移設反対」を訴えて、賛成派に10万票の差で知事選に勝利。沖縄の底力が示され、オール沖縄の誕生。安倍政権は金力でこれを倒そうとしている。翁長は50代で死の経験をした人。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬も有り」「人と人とが助け合う優しい社会の構築」を訴える(『戦う民意』角川書店 2015年)。翁長が、基地移設は自然環境の破壊であると訴えた「辺野古訴訟」は最高裁で敗訴。日本政府側が勝訴して以来、埋め立て工事は強行されている。一日300台くらいのダンプが土砂を搬入。搬入阻止をシュワブゲート前の座り込みで闘っている600人を越える3倍ぐらいの本土の(沖縄人警察は同郷のよしみがあり、不可)機動隊導入。辺野古の民衆の運動への「国家」の弾圧は続く。胸が痛む。名護市の市長選挙は、基地反対の稲嶺市長を落とすために、(反対派の情報)約7億円の政府側資金が賛成派候補側に渡ったと言われる。基地容認派の渡具知武豊氏が勝利すると70億円の助成を行った。露骨だ。2017年12月26日の朝日新聞「カネ受け取る決断住民分断」と報じている。破格の日当につられて辺野古の「海人ウミンチュウ」が政府側の「警戒船」に雇われて、抗議のカヌー(4月25日にはカヌー83艇に乗り手が100名と報告されている)の監視の仕事についているという。「やっぱり人間カネがある方がいいからね」(新聞記事)。まさに「人間」、そして「沖縄」の破壊である。沖縄全体が「構造的差別」(新崎盛暉琉球大学教授の言葉)の中で苦難を負っている。沖縄では金か命か、聖書で言えば、エリヤの物語のように「お金の神バアル」に仕えるか、「命の神ヤハウエ」に仕えるか、基本問題が露わに闘われている。


雑誌『世界』3月号特集「辺野古新基地はつくれない」と北上田毅(土木技術者、沖縄市民連絡会)は、断層の問題や地盤の問題があり実際は作れないこと論じている。山城博治(沖縄平和運動センター議長)はオール沖縄に結集した沖縄の意志をくじくことは出来ない、と主張している。辺野古基金目標3.5億に対して6.5億円余。沖縄の問題と共に日本の問題(5/3 東京、不戦訴え約6万人集会)。聖書、鵺コリ4:8(失望しない)を私は信じる。 また、世界の目が監視している。例えば、国際自然保護連盟は辺野古・大浦湾を視察して貴重な珊瑚が失われ残念だと、沖縄県に警告を出している(『琉球新報 2018/3/24』)。


現実は負け戦のようであるが、決してそうではない。国家の権力に対する民衆の戦いである点は柏木も同じであるが、辺野古には広がりが在り、継承がある。かつて私も何度か辺野古に出かけた。日本基督教団の沖縄に関する委員をしていたので、沖縄の教会の訪問をするのが主たる目的だったが、辺野古での座り込みにも参加した。昨日のことのように思い起こす。辺野古の闘いのビデオ(DVD)の記録をとり続けている、「森の映画社」藤本幸久・景山あさ子さんの『辺野古 圧殺の海』はその巻数を重ねる毎に、現在の辺野古の闘いの状況の臨場感を伝えてくれる。
沖縄で、米軍基地に接収された土地への闘争に最初に取り組んだ阿波根昌鴻(しょうこう)の問題提起は今も辺野古で続いている。彼は伊江島から那覇に向かって一人で乞食行進をした。それに加わる人が次第に増え、大きな闘いの力になった。柏木は月報の発禁処分を何回も何回も受け続けても闘った。私は、柏木の強さは、聖書のパウロの言葉では「私の恵みはあなたに対して十分である。私の力は弱いところに完全にあらわれる」(コリント人への第二の手紙12章9前)に表されていると思う。柏木は「強い人だ」といわれるが、それは人間的性格の強さではなく、神に支えられた恵みの強さだったと思う。

 

資料『柏木義円集』(未来社 1970)『非戦の思想』(伊谷隆一 、紀伊國屋 1967)

 

 

 

 

 

最新刊 2018年3月31日発行

「聖書の風景 小磯良平の聖書挿絵」岩井健作

 本体2500円+税   新教出版社こちらから)


 

(帯より)聖書から挿絵へ、挿絵から聖書へ

日本を代表する洋画家小磯良平(1903-1988)が、日本聖書協会から委嘱され口語訳聖書のために書き下ろした32枚の聖書挿絵。生前の小磯と親しく接していた著者が、画家の人生行路と重ねつつ、1枚1枚の挿絵を読み解いていく。はたして画家は聖書から何を読み取ったのか。

 

(「ゲッセマネの祈り」の解説より)

この絵が持つメッセージは何であろうか。私は、「人間イエス」が「独りである」というところに焦点を絞って受け取りたい。イエスが「独りである」というのは、聖書の強力なメッセージである。祈りにおいてこそ深い意味で「独りになる勇気」を持ち得るということは、私たちに与えられた恵みなのである。

 

 


 

「安中非戦の会」講演要旨  岩井健作
「米軍基地のある国は独立国かー岩国そして沖縄の現実」  

 2017年9月23日(土)14時 於 安中公民館

 

  1. 私は山口県の岩国に「牧師」として13年間在住しました。岩国には三つの顔があります。一つは、古い城下町の顔です。錦帯橋という有名な橋がある観光地です。 もう一つは工業都市の顔です。帝国人絹、東洋紡、三井石油、山陽パルプなどの大工場が並んでいます。三番目は、米軍基地の街です。米軍の海兵隊基地です。ベトナム戦争の時にはここから米軍はベトナムの爆撃に出撃しました。 その時に、様々な活動をしたことや体験したことなどを、一冊の本に纏めました。『兵士である前に人間であれー反基地・戦争責任・教会』です。その表紙には錦帯橋のスケッチを画きました。基地の街では、いろいろなことを経験しました。
  2. こんな経験があります。電話がかかって来ました。女性の声です。「キリスト教は悪魔を祓ってくれますか」「うちの人が西洋の悪魔に取り憑かれている」。事情を聞いてみると、基地の兵隊を相手にしている女性で、オンリーといわれる特定の相手と同棲している人。その兵士がベトナムの戦場から帰ってきて、私の推察では戦場でよほどひどい経験をして、「精神錯乱」を起こして、気が狂っている様子です。取り憑かれているのが、西洋の悪魔なので、「教会」に電話という事になったらしいのです。しばらく事情を聞いて、悪魔が出ていくようにお祈りをするから、あなたも一緒に目を閉じて祈って下さい、と申しました。最後に「悪魔よ、出て行け!」と3回言ったら、その女性は「気が楽になった」、言って安堵の声が聞こえました。また悪魔が取り憑いたら、「川下のあなたの家まで行ってあげるから、電話をして下さい」、といっておいたら、その後電話がないので、収まったようでした。基地の街にいると何があるか分かりません。こんなエピソードは話せばきりがありません。
  3. レジュメに移ります。日本の米軍基地は、三沢(青森県)、厚木、横田(東京都)、横須賀(神奈川県)、岩国(山口県)、佐世保(長崎県)にあります。沖縄県は、嘉手納、普天間です。沖縄は国土の0.6 %に全基地の73.8%があります。その他通信基地、所沢に、また通称「象の檻」と呼ばれている「沖縄楚辺基地」があります(衛星通信からの電波を傍受するものです)。神戸の六甲山山上は撤去運動もあり、今は撤去されています。米軍は日本には陸空海、合わせて3万8千人の将兵がいます。関係者は別です。
  4. 米軍基地の法的根拠。『日米安全保障条約』です。1957年、サンフランシスコ平和条約と平行して締結され、日本に米軍基地を置くことを定めています。これに基づいて「日米地位協定」(米兵、軍属の法的地位を決めている。1960年)があります。特に17条は公務中の犯罪については、米軍当局が裁判権を優先的に行使するとあります。日本に警察権がないのです。『沖縄・米兵による性犯罪(1945-2016)』(「基地・軍隊を許さない女たちの会」編集)は性犯罪の多さを記録しています。「婦女暴行」事件で米兵を逮捕しても米軍に引き渡さなければなりません。裁判権なしの状況です。これで「独立国」と言えるだろうかと私には思えます。沖縄県は17年ぶりに「見直し案」(米軍施設外による事件事故の場合、日本の捜査当局が米側財産を差し押さえる権利を明記すること)を要求しています。国際大学へのヘリコプター墜落事故,(2008/8/13)では米軍側が日本警察を入れなかったのです。17年ぶりに沖縄県は独自の「日本側捜査主導の見直し案」を政府に提出しました(東京新聞 9/8)。
  5. 岩国の現状。騒音対策の「基地沖合移設」(愛宕山を削る)の結果が基地の拡大につながり、愛宕山には「将校用高級住宅」が建設された。市街地での米機訓練急増し、騒音(90デシベル)がひどい状況です。市への苦情155件(2017/7/10、1998年以後最多)。市長は「空母艦載機61機の移駐を承認」、駐留軍は、家族を含めて約1万人(岩国の人口は10万)。市街地上空、夜間を飛ぶな、など46項目を自治体が申し入れしたが、無視。住民憤る。「日本政府、米国に毅然とした態度を示すべき」(岡村寛)(東京新聞 7/24)。
  6. 沖縄県と米軍基地問題。辺野古基地建設阻止の決意明確な翁長雄志知事が当選(「辺野古埋め立て」を推進した、前知事仲井真氏に10万票差、オール沖縄の確立 2014年)前知事埋め立て承認を取り消した(2017/3/4)。「沖縄の危機は日本の危機」「辺野古に基地は作らせません」「辺野古から日本を変える」と発言。「普天間の辺野古移設」強行中止へと知事が提訴して、裁判で争われたが、最高裁で敗訴した。司法が行政を追認したので、現在、建設工事は進行中。「民意の苦戦」です。米国に追従する政府。憲法9条に「安保」を凌駕させては、「平和憲法」を土台とする国の基本は揺らぐ。「米国追従」は、真の「独立国」であるのかと問いたい。沖縄の「島ぐるみ反基地闘争」の元祖では、何と言っても、阿波根昌鴻(1901-2002)さんの闘いを覚えねばなりません。1950年代『銃剣とブルドーザー』で「土地強奪」を行った米軍に対して、伊江島で「非暴力」の闘いをした。1995年の民衆蜂起(少女暴行事件 8万5千人抗議)以降、2017年 名護の辺野古移設に反対する県民大会(8/12、那覇市奥武山公園 4万5千人)まで連綿と闘いは続いています。これは沖縄の 構造的差別(安保を沖縄にしわ寄せする)への闘い、自己決定権の行使である(新崎)と言えます。全日本、世界の闘いに発展するかが焦点。知事、議会議長、沖縄選出の参議院議員など訪米で訴える。
  7. 辺野古基金(基地建設阻止運動支援)。沖縄財界、有識者、共同代表として、呉屋守将 8人。本土からは共同代表として、鳥越俊太郎、宮崎駿、佐藤優などが参加。現在(2017/9/13)、6億3千5百万円(目標当初は3億5千万、現在7億に変更)。件数11万件。反対運動団体、運動支援の自治体に配布、バスの運行、辺野古基地阻止の大きな力となる。

  8. 結論。「沖縄の民意」への「祈り」を。
    勝利の日まで(We shall overcome)。

    「基地すべて押しつけおかばおのが身は安泰なるか日本(やまと)の国は」中村文子(沖縄。教師 4年前99歳で他界、2017/5/17 朝日新聞)。


    「沖縄の珊瑚の悲鳴潮に乗り」「沖縄を泣かせて平和は来ませんよ」佐野仁(74)(2017/6/23 東京新聞 平和の俳句)

 

参考書
 新崎盛暉『日本にとって沖縄とは何か』岩波新書 2016年1月

翁長雄志著『戦う民意』 角川書店 2015年

 岩井健作『兵士である前に人間であれ』2014年 ラキネット出版 等々


 

「辺野古への想い」 岩井健作   2017.3.3

                   

 翁長雄志 沖縄県知事は54歳の時、胃の全摘手術で死を意識したという。

 その体験を秘めて、「沖縄県民の心を一つにする政治」に力を注ぐ。

 権力を行使して、辺野古基地建設を強行する安倍政権とは厳然と対峙している。

 著書『戦う民意』(翁長雄志著 2015 角川書店)には

 「辺野古に基地はつくらせない」

 という沖縄県民の堅い意思が表わされている。

 

 普天間基地の辺野古移設をめぐり「司法」は最高裁で「沖縄の敗訴」を告げた。

 原慶子理事長は『新生』(第39巻冬号)でこの判決を

 「人間を蔑ろにした国家権力」と厳しく批判している。

 判決を受けて工事は再開された。

 

 怒。

 

 私は、在任した岩国で「米軍基地問題」と取り組み、以来「沖縄の課題」にも関わってきた。

 外国軍隊の基地が存在する国は本当の独立国ではない。

 

 最近、辺野古の闘いの記録、映画『圧殺の海』のビデオを藤本幸久・影山あさ子共同監督から贈られ臨場感を与えられた(高崎でも上映があった)。

 

 辺野古の現場では、警察力が行使され、

 抗議する市民が様々な理由で逮捕される弾圧が続いている。

 現地行動委員会のリーダー山城博治氏は4カ月も拘留されたままである。

 

『新生』(第38巻冬号)で 上原榮正 沖縄キリスト教協議会 議長は、

「本土の皆さんの協力と応援がなければ、沖縄の辺野古での民主的な運動はつぶされてしまう。」

 と訴えている。

 

 運動を支える辺野古基金(代表 呉屋守将、鳥越俊太郎、宮崎駿、佐藤優など8名、目標3億5千万)は3月1日現在6億1千3百万円を越えた。

 ここには本土を含めて辺野古に基地をつくらせない

 という、民意が示されている。

 

 トランプがアメリカ大統領に就任し、

 日米首脳会談で辺野古が「唯一の解決策」だと再確認された。

 「辺野古手土産は許せない」と

 沖縄の国会議員や政治家たちは抗議している(2/11 東京新聞)。

 

 小さな私にも、情報に耳を傾け、学び、祈ることはできる。

 

「勝利の日まで、主よ、辺野古の闘いに希望と力と与え給え」と。

 

 

                    社会福祉法人新生会『新生』(第40号春号 2017年4月)巻頭言

 

「辺野古基金」公式ホームページはこちらから

 


今、沖縄を想う。

「辺野古への想い」

2017.3.3


 

2016年11月13日(日) 日本基督教団 神戸教会 説教レジュメ

母子像のイエス (PDF)」

私はこの目であなたの救いを見た

ルカ福音書 2:25−32

日本基督教団 神戸教会


 

 岩井健作

 

 現在、教団 安中教会 教会員

 日本基督教団隠退教師

 日本基督教団 神戸教会 前牧師


岩井健作

 


2016年10月9日 東京都民教会 講壇説教要旨
「麦、福音のしるし」マルコ 4:1-9

2016年10月9日 東京都民教会 午後の集会レジュメ

「私たち”本土”の教会にとって”沖縄”とは何か」

 


「転会に当たって」安中教会便り Vol.117所収 2016年5月29日

 

「反戦貫き四半世紀 『非核神戸』の伝道師 重い足跡」神戸新聞 2002年3月18日


 

日本基督教団 広島流川教会 (小礼拝堂ステンドグラス)
2016年5月8日 教会創立129周年記念礼拝
 講壇応援
その際、地元の中國新聞に掲載されました。

2016 年5月12日 中國新聞「反戦牧師 原点のヒロシマ」

 

2015年11月7日 中國新聞 掲載記事 (PDF)
「故 鶴見俊輔さんと岩国 長年交流 岩井牧師に聞く」

 


 

明治学院教会での説教は2016年3月13日が最終回。

2012年ー2016年の全説教プリントはこちらから

メッセージ

 

野の花を見よ 牧師館の庭の枇杷 20010627

 

 

2015/10/19 明治学院大学キリスト教週間

「国に剣を取らせてはならない」マタイ 26:52

主題聖句「平和を実現する人々は、幸いであるである。
その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5:9)

 

20121130

 

英連邦戦没捕虜追悼礼拝


岩井文男と賀川豊彦の農民福音学校

 

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