子どもの未来に祈りを(宮崎 No.1)

      2002.11.3(健作さん69歳)

宮崎教会 初日 礼拝説教


 今日は、由緒ある宮崎教会にお招き頂いて、皆様とのお交わりに与かることを大変感謝いたします。

 宮崎は、同志社の学生だったころ何回か来た事があります。その頃、連れ合いとは婚約中で、彼女が実家の宮崎市に帰って、共愛幼稚園に勤めさせて戴いていたものですから、日豊線に乗って長い時間をかけてやってきました。

 教会を訪れると桜井牧師がおられました。今は飛行機で来られますから、あの当時を考えますとなんと早いのだろうと思いました。いまの時代は、早いということが時代感覚ですが、ゆっくり歩き、ゆっくり考えるということが少なくなってきましたので、昔の経験を懐かしく思い出します。何でもかでも「早い」ことが良い時代ですが、人間の成長にとって、早ければよいというものでもありません。

 私立幼稚園の園長を42年間もしていたのですが、お母様方には、お子さんに「早く」「早くしなさい」を言わないで子育てをしましょう、と繰り返し言ってきました。実際は、なかなかそうも行かないようです。

 ところで、私はこの春、24年間牧師をしていました神戸教会を退任しました。この教会は、関西では一番古いプロテスタントの教会です。私は、その教会で『近代日本と神戸教会』という、歴史の本を作る作業に携わりました。もう130年近くなる教会ですが、少し教会の歩みをまとめて考えてみますと、良い面も悪い面もあるのです。例えば、ずっと、日本の国の政策、つまり富国強兵政策とでも言いましょうか、どちらかといえば、それには協力してきているのです。また、神戸には、その富国強兵政策に沿って、造船などの重工業が発展しました。底辺労働者が流れ込んで、苦しい思いをしています。キリスト教の中でも賀川豊彦などは、そんな人達の味方になっていますが、神戸教会は賀川の説教会や講演会はしますが、教会はどちらかというと中産階級以上が中心で、街の苦しみを担おうとは余りしていません。私は、出来るだけ、神戸の街の影の部分と一緒に生きようと心掛けはしました。

 しかし、この教会がやってきたことで、とても良かったと言い得る事があります。それは、子供のことを考えてきたし、そのことのために重荷を負ってきたということです。

 明治の初期、まだ女性や子供は一人前に考えられていない時代、神戸教会の極く初めの時、女性にこそ教育が必要だと考えて宣教師に協力して女性の学校を創りました。それが今の「神戸女学院」です。神戸教会と幾つかの教会の婦人会が協力をして、新しい時代、幼子の教育が大事だ、というわけで、ぜひ幼児教育の専門家を呼んで幼稚園を作ろうということになり、手造りのお人形を作って、それで資金を作って、フレーベルの教育の実践家A.L.ハウをアメリカから呼んできて「頌栄幼稚園と保母伝習所」を作るのです。幼児教育では日本では、東京の御茶の水女子大の幼稚園に継いで、関西では古い幼稚園です。保育の養成機関としては今年113年を迎える古い学校です。それを一貫して支えてきたのが神戸教会です。私も、神戸在任中、この学校のサポートをずっとしてきました。今でも関わりを持っています。

 それと、もう一つ、神戸の近代化が進むと同時に、いろいろ社会問題が起こるのですが、不況や不作の時、多くの孤児がでた事があります。神戸の幾つかの教会のメンバーが中心になって「神戸孤児院」を立ち上げます。神戸で一番古い孤児院、のち「神戸真生塾」となって、乳児院、養護施設として、今年は109年になります。これも神戸教会がずっとバックアップしてきました。今、乳児院や養護施設の一番の問題は、児童虐待です。私は今、この施設の理事をしているものですから、毎回、施設と児童虐待との問題の報告を受けているのですが、ここ十年で私たちの国では21倍の児童虐待事件が起こっています。もちろん「児童虐待の防止等に関する法律」も2年前に出来まして、公的機関は動いていますが、それだけで、防止が出来るものではありません。神戸教会は、戦前から一つ、戦後にもう一つ宗教法人立の小さな幼稚園を運営しています。採算など合わないで、教会としては苦しいのですが、いわゆる能力主義を育てていく幼児施設では落ちこぼれてしまうような子供が伸び伸び育っています。特に、障害を持ったお子さんが、障害を個性として育っていくためには、教会が、どんな子供にも開かれた場所である事が大事だ、との考えでやってきました。私も、神戸の時代に、それに力を注いできました。

 私と子どもとの出合いのことを少しお話ししますと、いろいろな物語があります。今まで教会付属の3つの幼稚園でずっと園長をしてきました。そこで、出合った子どもたちが、実は私に、イエスが子どもを祝福する意味を教えてくれましたし、もっと言えば、私をイエスに出会わせてくれたといっても過言ではありません。

 私を子どもの世界に連れ込んだ「やすあき君」のお話をします。
 白いパラソル。平井信義先生のお勧め。目が合わない(情緒障害・多動)。あっというまに印刷室のインクベタベタ。現場の教師のボイコット。やすあきちゃんとけんさくちゃん(私)のクラス入り。クラスの大混乱。野菜の歌。学習機。「北風と太陽」。大粒の涙。沈黙と祈り。卒園式の笑顔。
 以来、多くの子供と出会う事が出来ました。
(サイト記:参照「すずかけの葉っぱ」)

 さて、今日の聖書朗読は、2か所、旧約はミカ4:3、新約はマルコ10:13-16を選びました。
(実は、マルコを読む時、旧約聖書のある一か所を必ず同時に読む事にしているので、そのことに触れさせて戴きます)なぜそうかと言うと、子供の命が危機に晒されている背景には、戦争が存在するからです。

 ミカは紀元前8世紀(740-690)、イスラエルで活動した預言者です。自分の村が、アッシリアの侵略で戦場として荒らされました。廃墟の中から立ち上がる時に語った言葉です。剣を打ち直して鋤とする、戦後状況を告げます。
 剣と鋤の対比はいろいろなことを暗示しています。

 剣と鋤というのは、丁度反対のイメ−ジを持っています。今日の説教のレジュメを理解を助けるために作っておきました。

 死か生か、軍か農か、武力か外交か、即効か遅効か、統制か自由か、破壊か生産か、即断か待ちか、軍事か生活か、支配層の都合か底辺層の現実か、など記しておきました。

 この対比は象徴的なものです。そうして、「剣」に象徴されるやり方で物事を解決しようのは、大人と子供という少し単純ですが、そのような分け方をした時の「大人の分別」です。

 今日のメ−ッセ−ジの中心をマルコ10:13-16から読み取ります。弟子たちはじめ「大人の分別」へのイエスの憤りには注目したいと思います。
 この「憤り」はマルコ福音書にしかでてきません。他の福音書は、イエス様が「憤る」なんて都合が悪いと思って、取ってしまっているのです。

 当時、子どもは、それ自身、尊い人格、命、としては考えられていなかったのです。それは、同時に、人間を有用性、つまり、何か役立つから価値がある、という人間の功利性でものを考えるということでした。子どもを遠ざけた、弟子の考えにはそういう所があったので、イエスは叱ったのです。

 何故子どもは神の国のしるしなのか。それは、功利性から考えることの出来ない存在だからです。
 その存在は「信頼、愛、加護」の関係の投影です。関係ということが大事なのです。
 電車の中に、まわりの人に愛嬌を振りまく赤ちゃんがいると凄く和やかであることを経験した方はありませんか。

 イエスは、子どもを「神の国」の「指標、しるし」とされました。

 その、今、子どもの命がむしばまれていることに世界の危機を覚えるのです。「神の国」のしるしが失われているのです。
 かつてないほどに子どもが命を失い、傷ついています。その現実を知り、イエスと共に子どもの存在を尊び、祝福する業に、私たちも参加させて戴こうではありませんか。

 今世界で、最も悲惨で命の保証すらない厳しい状況におかれている子こどもたちは? 多分その答えはパレスティナの子ども、でしょう。私はあのガザの街に1993年、中東キリスト教協議会を通じて、日本キリスト教団からアハリー・アラブ病院に支援金を届けるための教団訪問団に加わっていきました。イスラエルのプラスチック爆弾に傷つけられた沢山の子どもが入院していました。ガザの中心地人口密集地にあるこの病院は自治政府の病院からあふれてしまった負傷者の緊急手当をしています。電力供給が途切れがちななかで、ソーラーシステム発電のための募金の訴えが、この夏、日本にきています。

 子供の事で支援を求めている、活動団体はたくさんあります。皆様が良くご存じの、JOCSがあります。「みんなで生きる」という機関紙をだしています。9月号に、北方直美さん(この方はお連れ合いが内科医で、ネパ−ルの医療事業に携わっているワーカーです。ネパ−ルは世界最貧国であり、自分の初めての体験をこう書いています。ネパールで部屋を借ります。その大家さんの所に、住み込みのお手伝いをしている8歳の男の子と12歳の女の子がいます。学校にも行かせてもらえず寒い日でも薄い服を着て年中裸足でした。あかぎれで腫れ上がった彼女の手は本当に12歳の子供の手なのか、と胸が痛みました。

 私が会員になっている国境なき医師団(MEDECINS SANS FRONTIERES)の8月号では、アンゴラ(4月の停戦以来飢餓が深刻化して日々の死と直面している栄養障害の人が50万人いると伝えています)、スリランカ(紛争で失われた避難民の医療)、コンゴ(紛争が新たに活発化していて、この団体は性的虐待の年少者62%、その3分の2が13歳以下、強姦の多くが軍人によるものであり、その責任を追及されることはない、という記事が出ています)の状況が伝えられています。

 さらに、パレスチナの子供の状況は聞きしにまさるものです。もう1948年以来50年以上戦闘状態が続いています。

 子供の死は大人以上に悲惨です。

 阪神・淡路大地震で亡くなった子どもたちのこと。514人。和雄君(15歳 中3)と芳子(12歳 小6)さんのこと。長田の喫茶店の二人の子供たち。芳子さんは12歳、8年経つと成人式です。ダイレクトメールで、成人式の着物の案内が送られてきました。お母さんは「人の気も知らないで」と怒っていました。それを聞きながら、地震以後、私は「流れる時間」と「流れない時間」の二つがある事に気が付かされました。和雄君のお父さんは、まだ子供の死とまともには向き合っていないようだ、と申されていました。

「亡くなった人達は流れない時間をゆっくり生き始め……あの地震によって告げられた鮮烈な事柄の数々を、忘却の彼方に手放しそうになる時、流れない時の中から、呼び戻してくれる」

(世界の暴虐を呼び覚ます存在としての、悼まれることのない死のなかにある人達との時間の共有ということ)

 地震後、たくさんの歌手や作詞家が被災地を訪れて詩を作ってくれました。
 クニ河内さんという子供のうた作りがいます。彼は何回もそして毎年神戸を訪れました。そして『忘れないで』という子供の歌を作って、新沢としひこさんと一緒に歌ってくれます。こんな歌です。

『ぼくのこと/ぼくだけのこと/あのときを/しっている/おもいだしている/わすれないで/わすれないで』(クニ河内)。

 地震では6432人が死亡。うち18歳未満のこどもは514人。この一人一人に物語があります。その物語は『ぼくだけのこと』なのです。『わすれないで』とは、この物語を繰り返し繰り返し語るということです」(死を悼むことは、物語の掘り起こしをすること、記憶の共有)。

 「子どもたちの死はほんとうに不条理の死です。……「子ども」の死の重さを負って生きはじめることは、自明の「大人」の価値観や文化を問い直しつづけること」

 子供のファンタジーは、永遠から大人の価値観を問い直している。

「(イエスは)子どもたちを抱き上げ、手をおいて祝福された。」(マルコ10:16)。

 これはそのような事なのだ。

 最近、心を打たれた絵本。
『おじいさんならできる』フィービ・ギルマン 作・絵 芦田ルリ訳 福音館書店 1988

「ヨゼフが あかちゃんのとき、おじいさんが すてきな ブランケットをぬってくれました」
母「もうすてましょうね」「おじいさんなら きっと なんとかしてくれる」
ジャケット、ベスト、ネクタイ、ハンカチ、ボタン、なくなったの、もうおしまい。
「ざんねんだけど ヨゼフ おかあさんの いうとおりだ」
「かみにすらすら」
「ちょうど いいものができるんだー」
「ほら、ぼくと おじいさんの このすてきな おはなし」

子供の可能性は、神の祝福の内にある。想像力、可能性、神の祝福をもった子供と共にいる事に、祈りを合わせていきたい。


内容紹介

ヨゼフが赤ちゃんの時、おじいさんがブランケットをぬってくれました。そのブランケットは古くなりましたが、おじいさんの手によって次々と新しい使い物に変身していきます。

出版社からのコメント

少しほつれたり小さくなってしまった衣類を、繕い仕立て直しながら使い続ける暮らしは、この頃すっかり珍しくなってしまいました。こうやって大切にされたブランケットは、とても幸せでしょうね。おじいさんが仕立て直すたびに、その端切れを使って素敵なものを作る床下の小さな生き物たちの生活も平行して描かれています。ぜひ絵のすみずみまで楽しんでください。

内容(「MARC」データベースより)

ヨゼフが赤ちゃんのとき、おじいちゃんがブランケットをぬってくれました。そのブランケットが古びれるとジャケットに。そしてベスト、ネクタイ、ハンカチへとおじいさんは次々に素敵なものへリフォームしてくれます。

(宮崎教会 No.2 礼拝後懇談「阪神大地震と教会」初日)

(宮崎教会 No.3 地区信徒大会 講演「聖書と教会 − 今、どう読むか」2日目)