発題要旨「原発事故を受け止めて」(2011 シンポジウム)

2011.10.13 社会福祉法人 新生会主催
「東日本大震災と原発事故」〜独日平和フォーラムとの対話〜
於高崎市新生会

(明治学院教会牧師、鎌倉に震災銭湯を作る会代表 健作さん78歳)

 岩井健作と申します。牧師をしています。

 テーマの「原発事故」に関して三つのことを申し上げます。

 第一は「いのち」、第二は「罪責」、第三は「運動」。

 第一は、原子力発電の問題は「人間のいのち、倫理」の問題だということです。決して「エネルギ−、経済、物的生活水準」の問題ではないということです。日本政府・野田内閣、経団連傘下の日本の企業、東京電力および大部分の大手メディアは、「エネルギー・経済」の問題として、大事故にもかかわらず原発推進を世界に向かって宣言しています。私は満腔の怒りと憂いを抱いています。

 ドイツを脱原発へと踏み切らせたのは首相招集の「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」です。17名のメンバーには複数のキリスト教聖職者が入っています。何故か、それは倫理の問題だからです(「東京新聞」社説、10/2[原発と社会の倫理])。

 日本政府、企業、御用学者、メディアはこれまで「未来を開く原子力」の宣伝・教育を国民に徹底して行ってきました。核廃棄物の最終処分が出来ない問題、放射能被害が農業・漁業を破壊し、将来に渉った「内部被爆」を起こし、健康・生活、生命の維持にすら致命的な影響を及ぼすことを隠し国民を欺いてきました。事故後もその姿勢を変えていません。そこに憤りを抱き続けます。

 民衆よ、本当に「怒れ」と申し上げたい。

 第二は「罪責」の問題です。「原発事故」に対して我々は罪責(罪を自覚する責任)を負っています。

① 日本は核被爆国です。私たちは、ヒロシマ、ナガサキの犠牲者の死につながって60年余、核廃絶の運動を続けてきました。しかし「原子力平和利用」というスローガンによって、核と原子力が同質に危険な問題であることに賢明な対処をしないまま運動を続けてきました。その愚かさに気づいて深い反省と懺悔をいたします。

② 日本の原子力発電の立地は、農村漁村の貧しい地域が、原発交付金など札束で頬を叩かれて「中央原子力ムラ」に呼応する「地方原子力ムラ」が受け皿となって、発電所・核燃料施設が64箇所も出来ました。それは過疎地・貧しい地域です。自然を守り、未来の命を守る強い意志でそれを拒否・阻止した闘いもありました。しかし、大都市地域の住民は、その闘いに連帯はしませんでした。原子力によるエネルギーを無意識のうちに消費してきたのです。今度の事故で故郷、生活、仕事、教育を奪われて、苦難を負ったのは原発立地の過疎地の人達でした。気付かずにその苦難を負わせた罪責を今深く自覚します。これは基地のある沖縄の苦悩を本土の者たちが無自覚であるのと同じです。無自覚さが相手に負担を負わせているのです。今度の事故について罪責の自覚を深めたいと思います。これが第2番目です。

 第三は「運動」の問題です。「脱原発」をどう進めるか、ただ反対を叫んで済むものではありません。「経済・エネルギーへの見通し」から「国民の覚悟」まで広範な問題を含んだ展開になります。官僚・企業・マスメディアの中にも少数派ですが「脱原発」の人々はいます。例えば「東京新聞」は「脱原発」の論説・ニュ−スを積極的に掲げています。そのような力と連帯し、それを励まさねばなりません。何しろ、推進派は巨大な権力、金力、宣伝力、組織力を持っています。旧約聖書で譬えれば剣を持ったゴリアテのようです。「脱原発」はそれに立ち向かう少年ダビデに似ています。力の象徴である剣をもっていません。しかし、「命を守れ」という精神がそれに対向します。私は、9月19日の東京・明治公園の「脱原発」6万人集会とデモに参加しました。ドイツのように民衆がすぐに手を取り合って意思表示をする素地は日本では非常に弱いです。「日の丸・君が代」の天皇制の思想教育に精神を絡め取られた歴史を引きずっています。個人個人の内面に訴える信仰を強調するキリスト教は人口の1パーセントより少なくなっています。しかも、大部分の教会やクリスチャンは個人の内面の信仰にとどまり、社会のことは教会やキリスト者の役割ではない、と信じています。でも、他方「原発体制を問うキリスト者ネット」(事務局長・崔勝久氏)が立ち上げられ100人余の連携が始まりました。6万人デモに集まった人々の多くは組織動員ではありません。労働組合や政党の動員ではなく、任意の市民団体や全くの個人です。壇上には、左翼政党の党首や労働組合の幹部の姿はなく「呼び掛け人」の大江健三郎さん、内橋克人さん、落合恵子さん、澤地久江さんなど文人、作家や評論家の顔触れが並びました。組織よりも言葉の呼び掛けを受けて集まる一人一人の主体的強さがあった集会でした。このスタイルは、やがて政治の低迷にも反映するでしょう。原発事故の犠牲者の苦しみを覚え続けることが力になっているのです。

 この民衆の細部に神が宿り給うことを信じて、今後も「脱原発」の運動に参加しそれを進めたいと思います。そして何よりも今日のように海外の連帯が我々を支えます。人類学者の中沢新一さんは日本でも「緑の党」を立ち上げ、インタ−ネットを駆使して幅広いつながりを造りたい、欧米の「緑の党」とも連携を図ると言っています(東京新聞 2011年10月3日)。「脱原発」の運動を世界のつながりで広げてゆきましょう。

関連 ドイツと小さな「脱原発」集会(2011 望楼26)

(サイト記)この資料には経歴が記載してあったので、記録しておきます。

略歴 岩井健作(いわい けんさく)

 1933年岐阜県生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。聖書神学専攻。日本基督教団の廣島流川、呉山手、岩国、神戸、川和の諸教会の牧師を歴任。各教会付属の幼稚園園長として46年幼児教育に携わる。現在、単立明治学院教会牧師。廣島では原爆被爆者老人の支援運動から核廃絶運動に参加、岩国では1970年代ベトナム戦争時、米軍岩国基地の反戦米兵を支援、関連して沖縄から米軍基地を撤去する運動に参加。神戸では阪神淡路大震災を経験、多面な救援活動に携わる。日本基督教団では、常議員、兵庫教区議長、宣教委員などに携わる。廣島女学院大学、聖和大学、非常勤講師。学校法人頌栄保育学院理事長、社会福祉法人神戸真生塾、神戸聖隷福祉事業団、各理事などを歴任。現在「鎌倉に震災銭湯をつくる会」代表。

著書『近代日本と神戸教会』共著、創元社 1992、『聖書を歴史的に読む』大阪キリスト教書店 1993、『地の基震い動く時』コイノニア社 2005。