書評『抵抗と持続』(鶴見俊輔・山本明編)(1979)

1979年7月10日発行「宗教部報」掲載、同志社大学宗教部
『抵抗と持続』(鶴見俊輔・山本明編、世界思想社 1979)

(神戸教会牧師2年目、健作さん45歳)

 宗教部の工藤さんから評を頼まれて、柄でもなく引き受けてしまった。この本は、1974年70才をもって同志社(文学部新聞学科)を定年退職された和田洋一名誉教授への「記念論文集」である。和田さんは、キリスト教の家庭に生まれ、以来今日まで京都室町教会の信者である。大正の末期、京大独文を出て、同志社予科に就職されたが雑誌「世界文化」同人を理由に検挙され大学の職を失った。戦中戦後、新聞記者をやり、また同志社に戻って新聞学の教授となり、戦前8年、戦後28年、計36年を勤められた。その間、日朝協会々長を務め、かの大学闘争の時代には大学改革を求めて努力された。生涯かかって追求し続けてこられた主題はきわめて広範である。キリスト教。外国語と日本語。反ファシズムの思想。新聞と新聞学。日朝友好。大学改革等。かつての同僚だった鶴見俊輔氏と和田さんの教えを受けかつ新聞学専攻のスタッフとなった山本明氏の二人が編者となって、和田さんの友人、同僚、後輩19名の文章を一冊にまとめたものである。

 正直に言って、私は当の和田先生をあまり知らない。私が同志社に入ったのは1952年。マンモス大学で他学部の教授と触れ合いがなかったせいでもあるし、私の視野の狭かったせいかもしれない。その年、神学部自治会の委員になって一生懸命、破防法(破壊活動防止法)反対闘争をやった。この本の終わりに附された「和田洋一年譜」(p.367)をみると、「52年。48才。破防法反対闘争に全力を傾けた…学生たちを前に…演説をした。」とある。が憶えていない。でも同じ年、6年先輩の笠原芳光氏に出会った。そのことが機縁となって、後に、鶴見俊輔さんに出会った。ベトナム反戦運動の最中、岩国に住んでいた時である。私は関われる限りで鶴見さんの「反戦喫茶ほびっと」を支援した。鶴見さんはこの本の中の真下信一氏との対談「運動のリズム」で「ベ平連」運動についても雑誌「世界文化」の遺した人間の交通路にお世話になったし「世界文化」の運動の仕方は今の状況に対してもエネルギーをもっている(p.121)と言っている。と考えると、なんだか自分が和田さんとも繋がっているような気がする。

 大学教授の記念論集がアカデミズムにとらわれ過ぎると、同僚や後輩の論文が各専門分野では精細なものであっても、当の献呈された人が生涯かかって追求した主題に全体的(トータル)に触れずじまいという場合がある。思想という「事柄」とそれを担っている人の「人格」を含めての人間関係の分離である。この本にはそういった気配が全くない。

 第1部「和田洋一の育った時代」で山田宗睦氏が書いているように、和田さんと彼を囲む人達が育った大正期の京大には「自由で野放図な構想力と活力」(p.8)があったせいであろう。大正リベラリズムに光をあてた笠原さんは、和田さんの意表をついて、足と時間と熱意で書いた「女を生かした男、羽仁吉一論」を載せている。吹田憲一氏(1890年生。画家、和田さんの日曜学校生徒)と守屋典郎氏(義弟、経済学者、非合法時代からのマルキスト活動家)の文は身近なところからかの時代の明暗両面の空気と誠実でお人好しの和田さんの人柄を映している。

 第2部「戦争の時代」には田木茂氏(詩人)や真下さんと鶴見さんの対談。荒瀬豊氏のコミュニケーションメディアについての論考。和田さんの思想を「亡命」という視座から眺めてみる鶴見さん特有の一文。千葉哲郎氏のオーデンに光をあてた「戦争と亡命」。太平洋戦争中に行動で社会主義を示した岡繁樹についての山本明氏の貴重な研究。和田さんの名著『灰色のユーモア』を新しい時代のファシズムに対するあり方への問いと捉えた竹内成明氏の文章、が続く。

 第3部「敗戦後の日本」では、「戦後主体の崩壊」片山寿昭氏。「1968−9年の『大学闘争』」北村日出夫氏。共に今日の主体欠落状況を鋭くつく論考だが、今日の状況を突き崩すところまでには至っていない。城戸又一氏、児玉実用氏と同世代による同志社の思い出、小学校の友人清水平九郎氏のコミュニズム論が59年のブランクを埋める友情で綴られている。新村猛氏は「良心の自由」につき覚え書を寄せ、季刊雑誌「日本の中の朝鮮文化」の歩みを鄭貴文氏が記す。最後の多田道太郎氏と鶴見さんの対談「外から見た日本語」で、若い人を外国人になぞらえ、若い人との連続性をスケールを大きく捉える(p.303)発想は面白い。

 第4部は「和田洋一からの便り」で「スケッチ風の自叙伝」と19の論文への感想が述べられ、再度和田さんの人柄に接する。抵抗という「事柄」が和田さんの「人柄」を通して広がっていくさまが活きている書物である。欲を言えば、室町教会で養われた和田さんの信仰と思想とがどうこの主題や人々と関わっているのか、という面での論考が欲しかった。

(評者・岩井健作・日本基督教団 神戸教会牧師)


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