1971年5月20日 岩国キリスト者平和の会々長 岩井健作
「18年の軌跡(岩国キリスト者平和の会の歩み)」所収
(1977年8月7日発行、岩国キリスト者平和の会、編集:岩井健作、来間高夫)
(岩国教会牧師6年度、健作さん37歳)
1970年5月:日米安保条約自動延長
1970年7月4日:岩国ベ平連主催の反戦ピクニックに米兵70名参加、基地営倉で兵士暴動
1970年8月7日:大規模な反戦集会デモ
1971年1月22日:自民党議員立法にて靖国法案を第65回国会提出(5月24日廃案)
1971年3月25-26日:NCC主催、在日米兵へのミニストリーに関する会議開催(東京)
1971年5月14日:名古屋高裁、津地鎮祭は違憲との判決
キリスト者平和運動の方向性は厳しく問われている。一方において、アメリカ帝国主義を中心とする日米独占資本の強固な支配体制と戦う人民に連帯しなければならない。そして、その連帯の多様性に目を開かねばならない。他方、すでに数年前から新左翼の問題提起としての思想課題としてある、自らが権力化し体制化してゆく誤りをどのように克服していくかとの問題を、特に自らの信仰のあり方の問題として問うてゆかねばならない。さらに、それは日本固有の国家主義(ナショナリズム)との対決・克服を含んだ課題でもある。キリスト者平和の会は、その起こりから考えると、戦争責任の自覚を朝鮮戦争参加拒否として表明し生まれてきたものであったが、その後、戦後民主主義の啓蒙と実現という線に沿って運動されてきた。そのことが一方において革新勢力や反体制を自らのこととした反面、他方において戦争責任を免罪し、その罪責の意味を主体的に深化させることをしなかったという結果を招いたことを認めねばならない。確かに岩国においても教会内外の啓蒙の役割は果たした。しかし、今、我々は《平和をつくりだす》主体となるとはどういう意味なのかをもう一度問われていると思う。
一年の歩みを省みて、我々にこのような問いを起こさせた出来事がいくつかあったと思う。
1.「日本キリスト者平和の会」からの離脱:日キ平の問題は、日キ平指導層の方々が、東神大学生の闘争の思想的意味を理解し得ず、高木問題で露呈したような特定の政治路線に密着しすぎているために起こった問題等であった。「岩国キリスト者平和の会」は特に離脱声明は出さないが、日キ平の組織としての統一がもはや意味を持たないことを確認した。これからは行動における連帯あるのみ。
2.基地:「岩国から基地をなくす会」(社・共、地区労、キリスト者)から団体として離脱した。団体加盟による運動の限界(キリスト者は初めから団体加盟の市民レベルの運動を期待した。そのための努力が十分でなかったことは反省している)をはっきりさせ、個人として参加してゆく運動の樹立を目指した。GIとの反戦行動は、今までの岩国では考えられなかった新しい状況を生み出し、軍隊(国家権力)と個人の抵抗のあり方に新しい方法が打ち立てられた。このために、我々も2回のデモ、基地セミナー(西中国教区社会部と共催)、牧師によるCO(良心的兵役拒否者)支援、また個人的にベ平連との連携が行われ、これは個人レベルではあるが「入管問題を考える市民の会」から更に「岩国市民の会」を生み出してきた。基地への活動については、月刊キリスト、教団新報、婦人新報にそれぞれ活動報告が行われた。
3.靖国:行動は靖国阻止委員会で行われた。署名、ハガキ、電報、2月11日はハンガーストライキ座り込み、カンパ活動、ニュース作成等。しかし、この面での学習、特に天皇制国家主義、神社神道等、また信教の自由と反軍国主義闘争等々の関連を学ばねばならない。この面の学習は今後の課題である。
4.入管:入管問題は在日朝鮮人の苦悩に身を置くことと共に戦ってゆかねばならないし、また反戦外国人活動家の問題として岩国では捉えねばならない。これも今後学習と行動を続けていきたいと思う。
5.沖縄:直接の行動はなかったが、今日、県民不在、琉球処分再現のような沖縄返還に戦っている沖縄の人たちと連帯してゆかねばならない。そのため、まだ一度もこの地区から沖縄セミナーの参加者を出さなかったことを克服してゆきたい。平良修氏の講演会が教会主催で出来たことはよかった。
6.その他:仁保(にほ)事件(1954年山口県での冤罪事件)支援、東神大闘争学生支援(青学編入裁判闘争を含む)、公害問題(カネミ訴訟含む)等々の問題への支援活動があるが、充分とは言えなかった。
以上のような多面な課題を負った中で大切なことは、平和運動はスローガンや啓蒙の段階ではなく、体制や権力から自らの内にまで引き寄せて、それとの戦いが自分一身によってまず担われるということである。その上に立った連帯こそが大切である。その意味で「岩国キリスト者平和の会」は従来の形を脱して行動し、平和を志向し、戦争に対し抵抗する者の自由な運動体となっていくべきであろう。
昨年度は学習活動として『良心的兵役拒否の思想』(阿部知二 1969 岩波新書)『キリスト者と市民行動』(飯沼二郎 1970 未来社)を学んだ。
(1971年5月20日 岩国キリスト者平和の会会長 岩井健作)
(1967年度)(1968年度)(1969年度)(1970年度)(1971年度)(1975年度)(1976年度)


