岩国キリスト者平和の会 1975年度総括(1976)

(注:サイト記)この年度の文章にだけ、会長である健作さんの記名がありません。健作さんが冊子の共同編集者として承認した文章としてサイトに掲載します。なお1972〜74年度の3年間は、会長:田口重彦牧師(岩国東教会)。

(1975年度 岩国キリスト者平和の会会長、健作さん42歳)


1975年度 岩国キリスト者平和の会 総括

① 地味な学習活動ではあったが『慰霊と招魂』(村上重良、岩波新書 1974年9月)を取り上げることにより、反靖国の戦いは最終段階で天皇制への戦いであることを、はっきりさせることが出来た(75年11月、天皇による靖国参拝が強行された)。

② 活動面では「思想と信教の自由を守る会」を中心にして、2月11日と5月3日を繋げる二つの集会を持ち、岩国の河上市政の手放しの右傾化に対して、キリスト者を軸にした、社・共・地区労・市民による抗議を行った。

③ 岩国キリスト者平和の会を大きく揺さぶった「女性解放・性解放」問題について、『福音と世界』1975年6月号の「人間解放をめざして」(田口幸子氏執筆)に関連して、来間高夫氏が反論投稿論文を書き「岩国キリスト者平和の会」の靖国への戦いに関わる批判に対し反論を含めた問題提起を行った。投稿論文は『福音と世界』1975年10月号に掲載されたが、編集者が執筆者に断りなく論文を短縮したため「岩国キリスト者平和の会」のメンバーによる抗議が行われ、後に編集者K氏が来岩し、話し合い、決着を見た。性解放の問題は、今後教会の中で避けて通ることのできない問題であり、体制との関わりにおける女性の解放のための差し迫った道として性の解放が実践されることへの批判、人間の罪の視点からの人間理解の問題性への批判等が踏まえられねばならないことが討論されてきた。

健作さんが保存してきた半世紀前の『福音と世界』1975年6月、10月号。

④ 教会との関連での平和の会であるが、メンバーの固定化が起こっている。教会全体の中にどう繋げ、広げていくかという反省と課題があった。前会長の田口重彦牧師の転任等、有力な人が去ったが、質的な高まりもあり、細々とした流れは大事だと思うとの評価も行われた。

(注:サイト記 健作さんの記名なし)


(1967年度)(1968年度)(1969年度)(1970年度)(1971年度)(1975年度)(1976年度)


(健作さん編集年表より)
1972年6月4日:喫茶店ほびっとに警察強制家宅捜査
1972年9月:日中国交回復
1973年1月22日:中谷康子さん合祀拒否の訴状を山口地裁に提出
1973年1月27日:ベトナム戦争終結
1973年8月4日:金大中氏、東京のホテルからKCIAにより拉致
1973年10月2日:韓国民主化闘争始まる
1974年1月8日:韓国で大統領緊急措置発令、学生キリスト者の逮捕・拘束
1974年1月15日:韓国問題キリスト者緊急会議発足
1974年4月12日:靖国法案、衆院内閣委員会にて強行採決
1974年5月12日:衆院本会議で自民党のみの単独採決、参院本会議に送付
1974年6月3日:国会会期終了に伴い、靖国法案かろうじて廃案
1975年3月13日:金芝河、逮捕連行
1975年6月:自民党内閣委員会にて靖国表敬法案の公聴会を単独開催
1975年8月15日:全国戦没者追悼式にて、これまで使用されてきた標柱の表記「戦没者の標」を「戦没者の霊」と書き換え
1975年11月21日:天皇靖国参拝。神社にてキリスト者による抗議行動
1975年11月22日:KCIA、在日韓国人留学生13人を含む21人を不当逮捕
1976年1月8日:周恩来首相死去
1976年2月:ロッキード事件発覚


「18年の軌跡(岩国キリスト者平和の会の歩み)」所収
(1977年8月7日発行、岩国キリスト者平和の会、編集:岩井健作、来間高夫)

BOX-2. 個人所蔵史料

error: Content is protected !!