自分の生に徹する力(1975)

1975年8月17日 岩国教会週報
「先週説教より」ガラテヤ 5:16
《前週週報欠落》

(岩国教会牧師11年度、健作さん42歳)

御霊によって歩きなさい(ガラテヤ 5:16)

 「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』と言うことができない」(第一コリント12:3)とあるように、「霊の働き」はキリスト者の信仰告白の根拠、また実存の根拠である。それはすでに与えられている恵みである。努力を傾けてこれから実現すべきものではない。その「恵み」によって生活を形づくりなさい、というのが、冒頭の引用句の意味である。

 だから「……しなさい」というのは、「こうしなければならない」というような生き方の規準の指示ではない。そのように理解すると律法になる。それは、むしろ「勧め」「促し」「語りかけ」である。促し、語りかけ、ある場合には「叱責」が意味を持つと信じる根底には、人間を成長するものと捉える人間観がある。「言ってもダメだ」「言われてもダメだ」と心を閉ざしてしまうところには教育は成り立たない。

 「恵みによって生きる」とは、生活の全領域と全生涯にわたって(自分にとって良いと思う時も、悪いと思われる時さえも)成長し続けることを、自分にも隣人の上にも信じることである。そして「御霊によって歩きなさい」(ガラテヤ5:16)とだけ勧められているのは、まさに促しなのだから(”霊”か”肉”かのいずれか一方ではない)、それに応える力もまた与えられていることを信じて歩もうではありませんか。

(1975年8月10日 岩国教会 岩井健作)


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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