背すじをのばして《ヘブル 12:1-13》(1991 本日説教要旨)

1991年6月23日、神戸教会週報、聖霊降臨節第6主日礼拝、
午後講演「小磯良平とキリスト教」兵庫県立近代美術館

(神戸教会牧師14年、牧会33年、健作さん57歳)


 『タルカット書簡 − 訳および註』を読んだ。(鈴木恒彌、若山晴子 神戸女学院大学研究所「論集」1978)

 タルカット 1836〜1911(明治44)年。

 アメリカン・ボード(米国海外伝道会)が派遣した日本最初の婦人宣教師。

 1873(明治6)年3月、ダッドリーと共に神戸に着任。10月、女性のための私塾を創設。

 1875(明治8)年、寄宿学校に拡充(後に神戸女学院)、初代校長になった。

 1876(明治9)年、岡山伝道に向かう。

 1879(明治10)年、協力者を得て、鳥取英和女学校を設立。後に同志社女学校で講義。

 日清戦争中、広島で日清両国の傷病兵へ看護伝道を成した。コレラに感染し帰国。

 ハワイで日本人伝道に従事の後、再来日。

 神戸女子神学校(後に聖和大学)で教え、各地に伝道した。

 神戸で死去。神戸外人墓地に葬られる。


『書簡』は、神戸からアメリカン・ボードのクラーク博士に宛てて送られたもので、明治初期の神戸伝道の様子を、直々に知ることができる。

 婦人たちとその娘(少女)たちが、婦人宣教師の人格的感化の中で、キリスト教とその文化を身につけていく様が活き活きとと伝わってくる。

 これに続けて、郷里の友人に敵対を受けて難儀している少女に、タルカットは本日の聖書箇所ヘブル書12章、特に6節を示し、11節、12節を注意深く読んだとある。

 そして片意地な少女が変わり、「恩寵の勝利」を享受した、と記している。


 ヘブル人への手紙は、迫害下にあって疲れ、かつ恐れている(ヘブル 5:11-12、10:25-35)教会に対して、信仰に堅く立つべく「勧めの言葉」(ヘブル 13:22)を記している。

 今日、日本社会一般の価値観の中で、イエスに従う者も、明治の少女の初心を想起したい。

 タルカットは、背すじをのばして、まっすぐに(ヘブル 12:12)歩む人だったらしい。

 山下薫子姉の熱心な依頼で描いたという小磯良平画伯のタルカット像には、そこが生きている。

(1991年6月23日 神戸教会週報 岩井健作)



1991年 説教

1991年 週報

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