岩国キリスト者平和の会:1976年度総括(1977)

1977年5月24日 1976年度 岩国キリスト者平和の会々長 岩井健作

(岩国教会牧師13年最終年度、健作さん43歳)

 1976年度の我が「岩国キリスト者平和の会」を省みるとき、平和を作る働きを続けることができたことを主の前に感謝し、また同時に我々の非力と怠慢とを主の前に許しを乞わねばならない。

 1976年は「日韓の年」と言われる位、マスコミも又キリスト教会もこのことを取り上げた。3.1民主救国宣言事件、在日韓国人学生スパイでっち上げ事件等に対する韓国の民主人士及びキリスト者の戦いを支援することが、根において、反天皇制、反ヤスクニ、反基地、反独占資本、反教育反動化との戦いにつながらざるを得ないことがますます明らかになってきた。我々キリスト者は、この中にあって、戦争責任の告白によって手がかりを得た、主体的あり方を大切にしつつ諸運動にかかわってきた一年であった。キリスト者平和の会の組織面での活動は、もう少し本気に力を入れていかねばならないという反省が先に立つ。昨年の総会の反省が活かされなかったし、また教会の内側への働きかけもできないままで時を経た。しかし他方、教会全体の社会活動の中では、平和の会メンバーが中心となってきたことは評価し得る。

 個々の課題につき省みるとき、学習面では天皇制との対峙、戦いをなすための思想的学びが必要になってきている。2.11、中谷訴訟支援、元号法制化反対、反・町のヤスクニ(メンバーの中で、職場の神社参拝拒否を行ったこと、町内会の神社寄附を問題とした等々)を天皇制との関連で捉えていかねばならない。基地反対の具体的行動はなし得なかった。米兵士とは、岩国兵士センターを通じてメンバーが関わりを持った。西中国教区が議長総括報告で基地を安保廃棄と憲法9条違反として明確化している点は重要である。在日韓国人政治囚釈放運動は署名カンパにとどまったが、持続的、組織的に取り組む方法を考えねばならない。中谷さんと岩国で懇談が持てたことはよかった。「中谷康子さんを支える会」を岩国でもう少し拡げる必要がある。憲法記念日行事を1976年度はもてた、かつ堀木訴訟への支援を行った。この日の守り方をもう少し早く考えて継続的に行事を行えるとよい。2.11に初めて労働者中心の集会を持てたことは評価し得る。

 1977年度は、地味であっても、岩国キリスト者平和の会のもつ内容的な面を会誌などにまとめていくことから始めてはどうだろうか。

1977年5月24日 1976年度会長 岩井健作


(1967年度)(1968年度)(1969年度)(1970年度)(1971年度)(1975年度)(1976年度)


「18年の軌跡(岩国キリスト者平和の会の歩み)」所収
(1977年8月7日発行、岩国キリスト者平和の会、編集:岩井健作、来間高夫)

BOX-2. 個人所蔵史料

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