「”所与”の恵み」(神戸最後の説教要旨)

”所与”の恵み

神戸教會々報 No.165 所収、2002.4.7

第12代 神戸教会牧師として最後の礼拝説教の要旨

イエスはたとえでいろいろと教えられ。 マルコ福音書  4章2節


 神は細部に宿りたもう。細部とは何か。細部とは日常性である。では、日常性とは何か。それは、「所与」と「選択」の葛藤である。

「所与」とは、与えられているもの、一般に出発点として異識なく受け入れられている事実をいう。例えば、私が、日本人であり、男性であることは所与のものである。確かに、人種として日本人には違いないし、性別において男であることは自分の選択によることではない。しかし、それらの文化、歴史を考えると、改めて「日本人」「男」であることを「選択」しなければならない。

「日本人」や「男」に「誇り」を持てという論議がある。しかし、その「誇り」に陵辱され、虐待され、差別され、収奪された側の立場からいえば、無自覚に「日本人」「男」である人間の傲慢は受け入れ難いであろう。アジアの諸民族であり、また戦時下「性奴隷」(「慰安婦」)と呼ばれた女性にとって、「日本人」「男性」という言葉が、歴史の中で、あるいは自分との関わりで担ってしまっているぬぐい得ない嫌悪感は如何ともし難いであろう。そんな意味で、私が生きる日常性とは、「所与」につきまとう負の歴史を含めて、「所与」を日々「選択」する葛藤なのである。

 福音書マルコ4章のイエスの譬え話に登場する、「種を蒔く人」は、今でいう「専業農家」であったろう。彼の農業は、「所与」であったのか、「選択」であったのか。恐らく、親の代からの「所与」ではないのか。また当時の農業、小麦作りは天候に左右され易かったに違いない。とすれば、小麦作りの労働と作業も「所与」に等しい。イエスが、それを譬えとした、その語り口は驚くべきことである。イエスは「神の福音」(マルコ 1:14)をこの譬えに託した。どの時代にしろ、生産が醸し出す収奪はあったであろう。また、作物を育てる喜びの経験もあったであろう。イエスは、種を蒔く人の存在と収穫にまつわる労苦、喜びの全てを「譬え」とした。そもそも「譬え」(パラボレー)とは、真理の傍ら【パラ=並列】に経験的出来事を投げ込む【ボレー】ことを意味する。

 あるいはその逆であるかもしれない。経験的出来事に圧倒的彼方の真理が投げ込まれている。あの「種を蒔く人」の日常性に、「神の福音」のすべては宿されている。物語の中で、失われていく種と、収穫される実りに、後々キリスト教が「教義」として整理した、「イエスの十字架の贖いの死と復活」を読み込むことは自由だ。何故なら、死と生の二重性、また滅びと命の逆説性がそこにあるからだ。また、マルコは初代教会の伝承として、譬えの解釈を述べている。「神の御言葉」の聞き方の比喩としての「説明」を付けている(4:13-20)。このような寓意的解釈は、宗教は実践性や教訓性を伴っていることを示している。そのように読み、解釈して悪いとは言えない。しかし、すくなくとも、それはイエスの意図ではない、と思われる。聖書のテキストは、そのテキストの歴史の文脈と読み手の時代の文脈との関わりを除いては、聖書本来の「神の語りかけ」としては響いてこない。

 私は中学生・高校生の青年前期、父親の農村伝道の生活、いわば「宣教」の全体を、「所与」の人生として受け取った。農村では社会的視野を持たざるを得ない経験をした。また、それを「選択」として、あるいは「召命」として選んだ。だから「教会的であること」と「社会的であること」は、私の人生の「所与」と「選択」の統合だと思っている。しかし、神学校に行ったこと、他の働き場ではなく“牧師”として教会を現場として選んだこと、遣わされた地が、広島(原爆)、呉(軍港)、岩国(米軍基地)の教会であったこと、それは所与と選択の日常でありまた葛藤でもあった。また、常に派遣の意識が、次のステップへの出発であった。今までの三つの教会は、私の「過去」ではない。神戸教会も然り。私にとっての、永遠の現在がここにはある。地上の生活には、時の経過で味わう別れの淋しさはある。しかし、ここで出会った方々、皆様が、それぞれの「所与」と「選択」の人生を神の導きによって生きられることを思うと、新しい旅立ちへの勇気を与えられる。神の祝福を切に祈って止まない。

 また会う日まで、また会う日まで、神の守り汝が身を離れざれ(讃美歌405)

 (関連ページ)

教会員から、岩井先生ご夫妻へのメッセージ(神戸教會々報 No.165)

”所与”の恵み (神戸最後の説教) 

最終礼拝後の挨拶

変革と継続 藤村洋(岩井先生ご夫妻へ)

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