”所与”の恵み (2002 神戸最後の説教)

『地の基震い動く時』所収版、2002年4月7日 於神戸教会

第12代 神戸教会牧師として最後の説教

イエスはたとえでいろいろと教えられ。

マルコ福音書  4章2節

見える部分と見えない部分

 教会の役員の藤村洋さんが、今日発行の「神戸教會々報」の中に、牧師の仕事について書いてくださっています。その仕事の中には、外からよく見える部分と外からはあまり見えない部分があると言っておられます。いわゆる「牧会」と言われている部分は外からはあまり見えません。「牧会」、普通の世界では聞きなれないキリスト教の専門用語です。英語では「パストラルケア(Pastoral Care)」、ドイツ語で「Seele Sorge」といいます。このドイツ語の言い方が内容をよく示しています。「Seele」は魂、「Sorge」は配慮です。「魂への配慮」です。

 私も、神戸教会在任の24年間、この見えない部分の仕事をたくさんさせていただきました。忘れられないことがたくさんあります。その中で、私の任期の最後に、ぜひお話ししておきたい一人の方のことがあります。

 その方は、親兄弟が全員亡くなられ、誰一人身内という方がおられなくなった方です。この教会では、洗礼を受けて50年余り教会生活をされていました。無口な方で、そっと礼拝に出られるので、教会のほとんどの方はご存知ない方です。年齢は私と同じで、独身でした。阪神淡路大震災では、借家が全壊、避難所、仮設、復興住宅と、教会では最後まで震災を引きずっていた方です。

 何度か仮設住宅をお訪ねいたしました。その生活の質素さ、簡素さは、異常とも思えるほどでした。部屋に小さな骨壷が三つ、裸のまま置いてありました。震災前に亡くなった、お母さん、お姉さん、弟さんのものでした。お仕事は、若い時は印刷工、後は、食肉工場の現場労働者でした。今から三年ほど前から癌で入退院を繰り返されました。もうベッドに寝たきりの状態の頃から、私の病院通いは始まりました。

 最期のことを心配して、遺言状を作ることを病院側に勧められた時、弁護士を頼んで欲しいこと、岩井牧師には立会人になって欲しいこと、節約して残したものと退職金が合わせて約3000万円くらいあるので、それは自分の街の社会福祉施設に寄贈したいことなど、洩れ聞きました。いよいよ末期、自分の街の病院に希望して転院されました。

 私はベッドの傍に膝まずいて語らい、祈る時が多くなりました。二人で涙を思い切り流したこともありました。ある日、弁護士さんは、遺言状の作成に岩井牧師は立ち会えないと言いました。なぜなら「遺産は神戸教会に寄付されるという意思を表明された。あなたは当事者になったのだから」とのことでした。思いがけないことでした。そして、亡くなった後の、出棺、火葬、納骨の一切を牧師に委ねるとのことでした。

 集中治療室(ICU)でもう意識が薄れていく夕方のひと時、耳元で「また来ます、さようなら」と申しますと、はっきりと「ありがとうございました」と言われました。これが最後のお別れでした。

 この方のお骨を、私はたった一人で静かに拾いました。やがて教会の納骨堂に家族四人と共に遺骨をお納めしました。8ヶ月ほどして、遺言執行人になった弁護士から、お母さんやお姉さんの遺産もまとめて、ちょっとびっくりする額の遺産が教会宛に送られて来ました。

 私は喪主の役目で、記念会を主催しました。役員会に提言して、遺産は「宣教特別資金」として受け入れました。そして、この貴い宝を通して神様がなさろうとするみ旨を祈り求めていくことといたしました。神様の宿題です。私が、神様のところにやがて行ったとすると、この方にまず、声をかけるだろうと思います。 

 この教会での24年間の牧会の中で、私はたくさんの物語を与えられました。そして今日お話しした物語は、私にしか語れない物語だと思っています。そして大変豊かな物語です。


”所与”と決断

 私が「牧師」になろうと決心したのは中学の三年の時です。ここにおられる仲本幸哉先生たちと一緒に、二色の浜で行われた「献身キャンプ」での出来事でした。以来、この道を歩んだことに迷いはありませんでした。

 私にとってキリスト教は「所与」のものでありました。所与とは、もともと与えられているものという意味です。私たちには所与のものがいっぱいあります。例えば、私にとっては、男性であること、日本人であることは所与です。またせっかちな性格も所与でしょう。「性格」というものは、誰にとっても、生まれながらのものが多いのです。

 キリスト教が「所与」だとお聞きになると、奇妙に思われるでしょう。普通は、一大決心をして、洗礼を受けるというものですから。

 確かに、キリスト教国でない日本では、奇異なこと、珍しいことです。でもそれは、私の育ちによります。兎にも角にも、その所与のキリスト教の中から、「牧師」を自分の決断で選び取ったのです。選ぶということには、絶えざる努力、不断の決断がいります。

 日常とは、所与と決断の葛藤である、と今日の会報にも記しておきました。もちろん波風はありました。失敗、挫折、絶望、それはどの働き・仕事にもあります。牧師の働きにもあります。連れ合いから、もうあなたみたいな、がむしゃらな人にはどうしても付いていけない、と言われた時には、さすがに参りました。がっくりしました。その頃から多少、「使命は人間性を帯びて」というテーマなど考えるようになりました。しかし、ただ、神がこの務めに召されたのだから、神が行く道を備えてくださる、という希望は確かでした。

 そして今、「牧会」という務めを選んだことが「恵み」だった、と感じています。「恵み」というと、世の中では、自分に都合の良いこと、という意味に使われがちです。しかし、聖書はそのような使い方をしてはいません。「恵み」は神との関係、イエスとの関係がいつも与えられている、ということです。ですから、聖書は「苦しむことも、恵みとして与えられている」(フィリピ 1:29)と言っています。つまり、私にとって恵みとは、自分の選んだ牧会の中で発見するものだったのです。そこに、恵みが見出せないということは、昨年のクリスマスに会堂のシャンデリアの電気接点の例をとってお話ししたように、こちらの接点が錆びていることなのです。顧みて、まだまだ錆びているところがたくさんあって、この教会に溢れている恵みを十分引き出せないままで、「はい、そこまで」という神様の声を聞いたように思えます。

 旧約聖書、申命記34章で、モーセはネボ山で、遥かに約束の地を見渡した、とあります。イスラエルは、アロンに率いられた次の歩みをいたしました。神戸教会は、菅根信彦牧師という導き手を与えられて歩むよう、神様から新しい将来と使命を与えられていると存じます。

 世界の情勢、特にパレスチナは緊迫しています。日本の市民、民衆には苦境に耐えて、しっかりした平和への意思を持っている人が多いのに、それがなかなか力にならないもどかしさがあります。

 昨晩、私のところに一本の電話がありました。芦屋の聖公会の聖マルコ教会の佐治孝典さんからです。私たちの教会の佐治静さんの息子さんです。「私が、実行委員長になってやっている『731部隊展』が今日まで、お宅の教会の上の中央労働センターで行われているので、教会の方に帰りがけに是非寄って欲しいと頼んでください」という電話でした。社会部では、受付にビラを置きました。1930年代、中国侵略の最中、毒ガスや細菌兵器の開発のため、10年間に2000人以上の中国人が「マルタ」と称して生体実験に使われていたという、歴史の闇の部分の展示会です。

 日本が雪崩を打って現憲法の国際感覚・平和感覚から離れていく、その時の変わり目に、菅根先生にリレーのバトンをお渡しするのだな、という思いがいたします。


種を蒔く喜び

 今日、聖書のテキストは、マルコ福音書4章の「種蒔き」の譬え話を選びました。ここは、私の心に、少年時代から焼き付いているテキストです。中学・高校時代、農村で開拓伝道をしていた父の手伝いをして、麦の種蒔きをした経験と結びついているからです。

 何よりも嬉しいのは、イエスが「譬え」でお話しをされたということです。譬えというのは、聴くものに譬えられている豊かな生活体験がなければ、譬えにはなりません。

 このことは逆に考えると、イエスは、丸ごと、私たちの生きている生活経験を受け入れてくださっているという前提がなければ、譬えで語るという語りかけはなさらなかったであろう、ということです。

 生活というものには、どんなに苦しい生活にも、喜びがあります。この間、テレビでフィリピンのストリート・チルドレンの中の子供達がNGOの人たちの協力で、自分たちの悲しみを踊りと歌で表現する活動を始めたというニュースを見ました。あんな悲しい生活に、なお、訴え表現する喜びがあることを知って、本当にびっくりしました。NGOの働きは、困難なことが多いにも関わらず、その働きに魅力があるのは、人と人との心のつながりがあるからでしょう。お店をしている人は、お客さんが喜んでくださること、お医者さんにとっては患者さんが良くなって喜んでくれること、農業生産者は収穫があって、消費者と心がつながること、その喜びが、生活というものです。神様にとっては、人々の間で神のみ心が通じるようになることが喜びです。それは他ならぬイエスの十字架の苦しみを共有することの喜びです。

 先週、「復活」とは神による日常性の肯定である、と申しました。日常性とは、所与と選びの葛藤だと申しましたが、その日常性が肯定されているのです。教会で行われている説教は、その神の日常性の持続である、とも申しました。

 24年間、私の「所与」のキリスト教の中で、日常性としての説教を続けることができたこと、至らないながら牧会を続けられたこと、それは本当に恵みでした。

 祈ります。

 父なる神、私たち一人一人の魂への配慮は、あなたご自身がなさいます。欠け多き者をあなたはお用いくださり、そのお手伝いを今日まで務めさせていただき感謝いたします。世界は闇のような憂いに包まれています。その闇を苦難と共に負われたイエスを思います。イエスと共に種蒔く喜びをこれからも兄弟姉妹共々味わうことができますように。主イエスのみ名によって祈ります。アーメン

「”所与”の恵み」(神戸最後の説教要旨)

教会員から、岩井先生ご夫妻へのメッセージ(神戸教會々報 No.165)

最終礼拝後の挨拶

変革と継続 藤村洋(岩井先生ご夫妻へ)

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