最終礼拝後の挨拶

第12代 神戸教会牧師として最後の礼拝にて 2002.4.7


 ただ今は、教会を代表して、藤村洋執事から、身に余るお言葉を戴き、また、遠藤執事、片岡執事にお祈りを戴き、心から感謝いたします。

 24年の歳月の牧会や宣教の働きが、神様の見えざる御手と、皆様の祈りによって支えられて来たことを改めて感謝いたします。

 先日、ある方の訪問を受けました。

 私が、神戸教会牧師を退任することについて、自分の気持ちをきちんと整理しておきたいので、お話をしたい、ということでした。いろいろお伺いしました。

 その方は、たまたまこの教会にきて、本当に、たまたまそこにいた”牧師”に出会って、自分でも思いも寄らなかった「キリスト教信者」というものになり、失われていた自分自身を取り戻し、生きる力を得たというのです。

 その牧師が退任していなくなるということを一年前に知り、それからずっと重い気持ちを持ってきた、と言われました。……そんなことを一時間ほど伺いました。

 そのうち、こう言われました。

「先生が、この教会でやってきたことと別な世界に行くのではなく、違った形で、イエス様のご用を、死ぬまで果たすのだと思えるようになった。
 神戸教会では、動きまわる姿で神様のご用をしていたが、これからはもっと内面的にご用を果たすのだろう。
 そのことを思うと、別れることが、喜びだと思えるようになった」

 私は、自分でもおぼろげだったことをはっきりと言って戴いて、とても励ましになりました。そうして、その方は、こう付け加えられました。

「私は、私で、改めて、神戸教会を自分が自分になる場所として、神様に出会う場所として、選び直していきたいと思う」

 これはとても嬉しい言葉でした。こんな気持ちで、別れについて受け止めることができることは、とても喜びです。どうか、皆様が、神戸教会を、神が与えられた、ご自分が、根源的に生きる場所として、選び直して下さるように、お願いいたします。

 今まで、皆さんが、私どものために、祈って下さったことを本当に感謝いたします。拙い、お別れの言葉といたします。

岩井建作


(サイト記)この挨拶文は後日必要とされる方々に配布されました。