上京日記(1971)

1971年8月1日 平和聖日 岩国教会週報

(岩国教会牧師6年目、健作さん38歳)

 7月24日(土)。休日でひっそりした新教の社屋に小林晃君を訪問、東神大全共闘解散後の状況やこれからの進路などについて話をきいた。重いうめきのような生活の中から、ただ真理に即して自分を形成することを求めて進むことの大切さを語り合う。近々、彼の総括をも含めて、岩国での支援体制を再発足の形で切り替えていく必要を感じた。

 高倉徹牧師宅訪問。過労で腎臓を悪くされ御静養中とのこと。尽きそうもない話を打ち切ってお暇する。御自愛を祈る。岩国の人たちが当夜集まっていたので、ゆっくりしたかったが、詰まった日程のためやむを得ない。

 25日(日)。美竹教会から分かれた人たちの自主礼拝である大久保集会で説教をする。すごく真面目な人たちの集いで、東神大問題をきっかけに分かれただけに、現在の教団問題の根の深さを思い知らされる。20代から40代の錚々たるメンバー20名ほどの集会で、前途多難を思わせるが、閉鎖的にならずまた離散せず、共同体(教会)としての将来を祈った。小池健二氏(弁護士・津地鎮祭訴訟)のアッピールがあり「津地鎮祭違憲訴訟を守る会」に入会する。地味な戦いではあるが、この訴訟に勝つことは計り知れない力であると思う。この集会にはこういったよき働き人がいる。続いてNCC(日本キリスト教協議会)事務局を訪問。中嶋正昭総幹事と岩国サービスメンズ・センター(NCC岩国兵士センター)の件につき話し合う、これも前途多難。チャプレン制度をどう理解するかが米NCCと日NCCとの鋭い意見の分かれ目になろう。夜行に乗ったが、朝5時福山で列車が止まって13時間土砂崩れで立ち往生する。列車を抜け出て、宮本牧師、広瀬牧師を訪ねて思わぬ時を過ごす。とうとう山口東分区牧師会を欠席した。

 慌ただしい旅だったが、1年ぶりに上州安中まで足を伸ばして(23日)両親を訪ねることが出来て、日頃のご無沙汰の償いが出来た。

(1971年8月1日 岩国教会週報 岩井健作)


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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