「ために」ではなく「共に」(1984 神戸教會々報17)

「ために」ではなく「共に」

神戸教會々報 No.108 所収、1984.10.21

(健作さん51歳、神戸教会創立110周年)

わたしたちは……あなたがたの喜びのために共に働いている者にすぎない。 コリント第2 1:24(口語訳 1954年改訳)


 神戸教会創立110周年の年、わたしたちは「パウロ」を学んでいる。学びの内容が後世の歴史の批判に耐え得るものであるようにと願わざるを得ない。ここ数年を省みて講壇でとりあげたパウロ書簡は、コリント第1、ガラテヤ、ピリピ、テサロニケ第1、ピレモン、そして現在コリント第2である。現代の聖書学者がほぼパウロの真筆としている7つの手紙のうち6つにあたる。これらはパウロがローマ帝国の東部を足まめに歩いて伝道し形成した諸教会への教示・指導・配慮・対話・論駁の手紙である。切れば血の出る生の状況がある。かつて作家小田実氏はものの見方について鳥瞰図と虫瞰図的ということを言った。この観点に立てば、コリント第2などは虫瞰図中の虫瞰図である。虫が地を這うように、直面する困難な諸問題に対峙しつつしたためた言葉が記されている。

 コリントの教会では、パウロに敵対する者が活動する。グノーシス主義者(コリント第1の手紙で扱われている)でありユダヤ主義的指導者とその追従者である。この挑戦はパウロの人格や活動そして思想に対してというより、パウロの拠って立つイエス・キリスト即ち福音そのものに対するものと言えよう。福音は神が人を救済する手段とその出来事の現実性であり、そのことはイエスの生涯と振舞の逆説性をもって示される。とすればその逆説を生きる人間の関わりの中で証しされる以外に伝達の方法を持たない。だからこそパウロは、自分に関わる人間共同体の教会の中で、この福音の証しをいかにかして現実的なものとするために苦労する。少なくともコリント第2の手紙では「正統」の立場から「異端」を排除するような対処ではない。彼はコリントの教会を訪問し、侮辱を受け、再度の訪問を熟慮の結果中止し、またそのことが新たな誤解を受け、そのを受けて立って「涙の手紙」(第2コリント10-13章)を書く。そして同労者テモテを通して、コリント教会からの信頼のきざしを知り「和解の手紙」(第2コリント 1:1-2:13、7:5-16他)を書く。彼は、コリントの人々を自分の言葉の中に取り込んだり、言葉や関係による「牧人祭司型権力」(フランスの哲学者ミシェル・フーコーの言葉)として振舞いはしない。コリント第1・1:23-24では、「寛大でありたい」(この語に関しては週報1984.42号参照)「あなたがたの信仰を支配する者ではなく……共に働いている者にすぎない」という。


 『ために』ではなく『共に』というテーマは重い知恵遅れの子らの歩みに生涯をかけている福井達雨氏の言葉である(同名表題の著書がある)。神学校で同級生だった彼が僕の神戸教会牧師就任式後の茶話会のテーブルスピーチで、大きな教会の牧師を務める中で、同級生の金井愛明氏や益谷寿氏や「僕(福井)」の生き方を共に生きて欲しいと言った言葉は忘れられない。「ために」生きる生き方には見える部分が多い。しかし「共に」生きる生き方には隠れて見えない部分が多い。

 教会110年の歴史の歩みも、見える歴史よりも見えない歴史の方がはるかに大きいに違いない。「共に」生きる生き方をもって、110年からの歩みを、皆さんと共に歩んでいきたい。

(サイト記)本文中3名の同志社時代の同級生、「福井達雨氏」は止揚学園園長。「金井愛明(あいめい)氏」は釜ヶ崎伝道所牧師、兼西成教会牧師、釜ヶ崎いこい食堂運営、炊き出し活動等(現在も多くのボランティアの活動の場)。神戸教会は中古衣料や食堂材料の寄贈依頼に応じて会報でも広く呼びかけ、集荷発送しています。「益谷寿氏」は大阪キリスト教社会館 牧師。

「宣教方針」へ寄せる想い(1985 神戸教會々報18)