紅海を渡る(2008 小磯-06)

紅海を渡る

「現代社会に生きる聖書の言葉」
湘南とつかYMCA ”やさしく学ぶ聖書の集い”

第6回「洋画家 小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ」
出エジプト記 14章1節-31節

 一葉のさし絵は、「まず聖書本文を読む」ことを促している。小磯さんは「出エジプト記」を熟読した上で、この「紅海を渡る」の場面を描いたに違いない。いわゆる子ども向けの「絵本聖書」であるなら、物語の筋を追って絵は何枚でも入れられる。絵そのものがメッセージの役割を担うものである。それは「絵本聖書」の手法である。だが、さし絵はそうではない。聖書の物語に読者を誘い込み「読ませる」のが役割である。だからあるまとまりの物語では、その物語のもっとも象徴的な場面を厳選して選ぶことになる。「紅海を渡る」という一枚はそれに当たる。つまり、出エジプ卜の出来事の本質を象徴する絵なのである。

 創世記の族長物語はヨセフの時代、飢餓を逃れるためエジプトに定住したことで終わっている。そのドラマを「ヨセフの兄弟」で学んだ。時代はそれから幾許を経過した。エジプトの地で、イスラエル人たちは「数を増し、強くなり」(出エジプト記 1:7)民族としての勢力になった。このイスラエル民族を恐れたエジプトの支配者ファラオ(王の称号)は、彼らを外国人労働者として賦役労働に組み込んだ。「エジプト人はそこでイスラエルの人々の上に強制労働の監督を置き、重労働を課して虐待した」(1:11)。歴史的にはエジプ卜の第19王朝ラメセスⅡ世(BC. 1290-1224)の頃だといわれる。過酷な建設現場の労働に苦しんでいる民族を、モーセが神の召命を受けて、紆余曲折を経て、エジプトから脱出(EXODUS, エクソダスはギリシャ語70人訳聖書のこの書の表題となった)させた。脱出の時、エジプトの軍団はイスラエル民族を追い、海辺に追い詰めた。まさにその時「葦の海」の奇跡が起こり、エジプトの兵士たちは滅された(14章)。

この出来事から旧約聖書の重要な発言「私たちをエジプトから導き出した神ヤハウェ」( 出 20:2、アモ9:7、エレ2:6, 16等)が生まれた。おそらく、この証言は絶対的君主制の専制政治からの脱出が可能となった出来事の奇跡性を語っているのであろう。専制的政治の呪縛から人々が自由を獲得することは如何に大変な出来事であるかという意味では、とても現代的な課題を合んでいる。紅海を渡る奇跡に至るまでの物語で、エジプトに下される「十の災い」(7:14-11:10)はそのファラオの支配からの脱出の凄まじさを物語っている。出エジプト記は「モーセ五書」の2番目の書物であるが、「モーセ五書」の編集はイスラエルの歴史で言えば、ずーっと後の王国時代末期か補囚期だと言われている。文書の分析を見ると、「ヤハウィスト」「エロヒス卜」「祭司文書」の3つの資料が入り交じって用いられている。

 小磯さんのさし絵は背景が黒い雲で覆われている。これは19節b-20節「彼らの前にあった雲の柱も移動して後ろに立ち、エジプトの陣とイスラエルの陣の間に入った。真っ黒な雲が立ち込め、光が闇夜を貫いた」をイメージしたものであろう。「光」を稲妻のように表し「貫いた」という言葉を生かしている。モーセが杖を掲げ手を挙げ、海が二つに分かれ、その乾いたところをイスラエルの民が通って行く構図は16節「杖を高く上げ、手を海に向って差し伸べて、海を二つに分けなさい。」、22節「イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行き…」(祭司資料)を基にしたものであろう。海の描き方は22節bの「水は彼らの右と左に壁のようになった」のイメージをとっていない。映画「十戒」では、「壁のようになった」を強調して激しい場面になっていたのを覚えている。「壁」は絵の構図になじまなかったのであろう。絵は聖書本文から感じられる緊迫から見ると随分穏やかでる。これは小磯さんの性格の表れだと思う。私が注目したいのは、ここに母子像と子供が描かれていることである。小磯さんは「母子像」を多く描いている。ラファエルなど「聖母子像」の西洋古典の伝統を引くものだ。母が子を抱く姿は「マリアとイエス」を想像させ、ある種の畏敬を感じさせる。女性像の画家の面持ちがある。絵の下方の一本の横線が一段と高い陸地を示し、そこに立つモーセとその後ろに母子を描き、絵の背景から前景へと時間軸を持たせ、ドラマの激動を把握させ、安堵の空間を配置したところに、この絵の深さがある。14章末尾の「イスラエルは、主がエジプト人に行われた大いなる御業を見た。民は主を恐れ、主とその僕モーセを信じた」(14:32 ヤハウェ資料)との言葉が心に残る。