イエスの最後 − 十字架の死(2014 イエスの生涯 ⑨)

マルコによる福音書 15章33-41節 ”イエスの死
(マタイ27:45-56、ルカ23:44-49、ヨハネ19:28-30)

2014.7.2、湘南とつかYMCA “やさしく学ぶ聖書の集い”
「現代社会に生きる聖書の言葉」第79回、「新約聖書 イエスの生涯から」⑨

(前明治学院教会牧師、健作さん 80歳)

1.マタイ受難曲

 キリスト教音楽の頂点であるといわれる、バッハの「マタイ受難曲」を聴き終った時の何とも言えない哀感が忘れられない。イエスの遺体が十字架からとり降ろされて、悲傷が空間に漂う。しばらく座席に座ったままであった。絵画でも「キリストの架刑図」は重い。

2.十字架刑はロ-マ法が最も重大な犯罪者(反逆罪)に行った極刑であった。

 残虐の限りを尽くす処刑法であった。鞭打ちの刑の段階で気絶することや絶命する事があったいう。十字架の横木を背負わされて刑場まで連れてゆかれ、両手を縛られ、足と共に釘で打たれ、縦木に高く挙げられ、絶命するまでの処刑者の苦痛を増す処刑法であった。

 ロ-マ帝国の「奴隷の処刑法」「政治的反逆者への処刑法」であった。

 当時ユダヤ(ローマの占領統括地)には処刑権がなかったので、イエスを律法違反者として処刑する為には、ユダヤ当局者・神殿権力者たちは、ローマ権力の手を通し、ロ-マの処刑法に従わざるを得なかった。これが十字架刑である。ローマ総督ピラトが、刑の執行を躊躇した記事をヨハネ福音書は記している。

3.イエスの最後の絶叫を福音書は「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」(マルコ15:33)と記している。

 これを絶望の叫びと解釈する多くの研究者がいる(大貫、田川、笠原など)。しかし、この言葉は詩編22編の冒頭の言葉でもあり、この詩編を想起して、イエスの本意は「神への讃美」であったと理解する者もいる。

 いずれにせよ、後の原始キリスト教は、実はイエスの死は「私たちの罪(複数形)」を贖うための死であり、神が当初から計画していた救済行動であったとの「贖罪信仰」から理解した。

「贖罪の死」ということなので「十字架の死」の現実の凄惨さが落ちてしまった。さらに、十字架が「神の子の死」として象徴化され、キリスト教のシンボルとなるにつれ、その意味が神学化されるに従って、歴史の凄惨さの重みは薄れてしまった。

 そこに歯止めをかけたのがパウロである。

 彼の思考を普通「十字架の神学」と呼んでいる。パウロには、初代教会がイエスの死を、神の子の自明の死として捉えた人々に「十字架の死」の重みを取り戻させる発言をしている有名な記事がある。

 フィリピの手紙の2章6節以下である。

キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。(フィリピの信徒への手紙 2:6-7、新共同訳)

 の句の「十字架の死にいたるまで」は、当時、常識化されていた「キリスト論」に「十字架の死」という歴史的重さを加えたパウロの挿入である(青野太潮)。

4.逆説的な「信仰告白」

 マルコ福音書は、イエスの十字架の死を、処刑執行者であったローマの百卒長をして

「本当に、この人は神の子であった」(マルコ 15:39、新共同訳)

 と言わしめている。逆説的な「信仰告白」である。

 マルコの「イエスの描き方」「証言の書」の特徴である。

 イエスの十字架の死をどう受け止めるかは、それぞれの人生の問題・課題である。

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