ひとりになる勇気(1970)

1970年4月19日 岩国教会週報
「先週説教より」ヨハネ 21:15-22

(岩国教会牧師5年目、健作さん36歳)

 吉成稔氏(17歳から47歳の死まで長島愛生園で生活)の『きもの – 癩(らい)園小説と随想』(日本MTL 1969年9月刊)を読んだ。その中に「傑作」という小品がある。既に盲目の氏が、同じく盲目の妻・英子さんを伴って、外科病舎へゆく様が、夫婦の心の通い細やかに記されている。待合室であらぬ方に向かって「……お願いします」と言ったため、「こりゃ傑作じゃ」と笑われる。大衆の笑いの対象となって、氏の内面的闘いが始まる。既に克服済みであった劣等感との深刻な戦いである。既に余命残すところ少なく、悟りの域にある氏に於いてすら、自己との戦いと対決がいかに難しいかが記されている。

 私たちは問題にぶつかって、自分との対決から目を逸らして、相手や周囲に不平をつぶやいて問題の所在をそらすことがないか。文句をいって心理的発散をして誤魔化してしまう。マタイ20章「ぶどう園の労働者のたとえ」に於いて、朝早くから働いた男はいささか苦労が多かった(これもきわめて主観的だが!)故に文句を言う。しかし主は「おのがものを取りてゆけ」(マタイ20:16)といわれる。「わが恵み汝にたれり」(コリント第二 12:6)である。自己との対決とは、この真理に目覚めるまでの戦いである。ひとりになる勇気がここで必要とされる。さて、ペテロ(弟子としての決断・告白・悔いで、この戦いを既にしてきているにも関わらず)は、戦いをそらした(ヨハネ21:20)。自分よりも友人に目を移した。イエスは「あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい」(ヨハネ21:22)と言われる。悪言と雑言多き世に、これは何と慰めに満ちた言葉だろうか。

(1970年4月12日 岩国教会説教 岩井健作)


関連:日々の教会(1977)


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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