聖書に出会えば、何かが起きる(2008 礼拝説教)

安中教会創立130周年記念礼拝 2008.5.25「安中教会便り」所収

(74歳、明治学院教会牧師)

初めに、神は天地を創造された」創世記 1:1
貧しい人々は幸いである。神の国はあなたがたのものである」ルカ 6:20

 ブラジルの「解放の神学」聖書学習運動に参加した経験がある。旧約学者、中ノ瀬重之神父は、聖書の神を「△の神」か「○の神」かで単純明快に読み解く。

 △の神は底辺が奴隷で、過酷な競争と階層があって頂点に権力者とその神を据える。それはエジプトのパロ、イスラエル王国の神殿政治に象徴される。○の神は、出エジプト、預言者の活動、補囚後の民衆の救済の神であると。

 それを聴きながら私は遥かなる新島襄を思っていた。彼は軍事で国を興す志をもって海外脱出をした。いわば強力な△の神(救い)を求めたのだった。ところが洋上の苦難のなかで聖書に出会い、人格的出会いを救いとする○の神を知り、同志社を起こし、良心を手腕に運用出来る人物で国を起こす生涯へと転換した。

 その最初の行動が郷里安中の伝道だった。

 130年前、30名の受洗者で教会は起こされた。

 新島の子たちは「富国強兵」ではなく、一人の人格を重んじて世に奉仕をした。留岡幸助、山室軍平、山本宣治、安中では柏木義円、湯浅治郎など。

 彼らは、貧しき人々に仕え、戦争の遂行に否を唱え「○の神」を証した。

 相野田の松井十蔵は、1883年、牧師・海老名弾正より安中教会で受洗し、養蚕・製糸に励み、信仰の証をもって小野村の発展に尽くした。その経緯は、松井七郎著『安中教会初期農村信徒の生活 – 松井十蔵・たくの伝記』(第三書館 1981) にくわしい。その本に彼の曾孫から二人の牧師が出た事が記されている。原市教会の村田元、神戸教会の岩井健作。キリスト教の系譜から言えば、私は信仰四代目、牧師は岩井文男から二代目。

(サイト記)健作さんは母方で安中教会の5代目(現安中教会員)、祖父と父文男さんが甘楽教会出身で、父方では3代目となる。

 その経歴がいつの間にか自負となっていた牧会10年目、落ち込む経験をした。

「先生は、キリスト教育ちだから日本の封建風土に生きる信徒の苦しみの心情への理解がない」

 との率直な指摘を受けた。

一粒の麦は、地に落ちても死ななければ、一粒のままである。だが死ねば、多くの実を結ぶ(ヨハネ12:14)

 の言葉に出会った。「俺は、地に落ちたまでで、死んでいなかったのだ」と悟った。

 イエスの十字架の死は、△が○になる、大事な転換点とその根拠である事を改めて知らされた。

 また、教会付属の幼稚園で、自閉の情緒障害児をお与かりをし試行錯誤、現場の教師たちと苦労をした。統合保育は「○の生き方だ」と思っていた。ある時、教師の努力も水泡に帰す様な、母親の自閉児への接し方を戒めるつもりで、イソップの「北風と太陽」の例を引きながら、母親を説得した。子どもの受容(○の生き方)を説いたつもりだった。

 黙って聴いていた母親は大粒の涙を流した。

 はっと気が付くと、母親の悲しみと共苦していない自分だったのだ。

 ○を説きつつ、△の生き方をする。自責の念に絶えなかった。

 最近、群馬のキリスト教の一つの福音の出来事に出会った。昨年創立50年を迎えた社会福祉法人新生会と創立69年を迎えた財団法人榛名荘の事である。現理事長・原慶子氏の著書『福祉コミュニティの礎ー自然・いのち・平和・芸術』(ドメス出版 2007)を読んで驚いた。

 国家の福祉政策の市場化路線を厳しく批判し札す書物であった。福祉の専門家は専門分野で○の生き方を説きつつも、政治、経済、文化、社会の構造の全体的△の力学を実践的に批判している人は少ない。

 しかし、原さんは、イエスの十字架の苦悩を知り、「自然・いのち・平和・芸術」の統合としての、いわば「聖書の真理」との出会いから構築する福祉を必死になって目指している。

 時代は垣根のない競争原理を力のままに許容するグローパリズムにさらされ、絶望的△構造がすすんでいる。その現実へ向かって、○の価値観からの希望と闘いが垣間見られる。

 今、○の神に出会おうとするなら、貧しい人たちからの視点を失ってはならない。ブラジルの佐々木治夫神父はフマニタス慈善協会を運営して「貧しい人」の幸いの現実化に労苦している。そこには△の神ではなく、地べたの神、苦難を共にする神、どこまでも低きにおられる神がいます。

 そこには

十字架につけられ給いしままなるキリスト(ガラテヤ 3:1 文語訳)

 がいまし給う。

 安中教会が130年を新しい出発にして、この地域社会で、○の神イエスの生き方を少しでも広げ、証してくださる事を祈ってやみません。

天地創造の文脈を生きる(2008 新生会)