塩になったロトの妻(2010 田中忠雄 ⑪)

2010.6.23、湘南とつかYMCA “やさしく学ぶ聖書の集い”
「洋画家 田中忠雄の聖書絵から聖書を学ぶ ⑪」

(明治学院教会牧師 健作さん76歳)

創世記 19章15節−26節

選句「ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった。」(26)

1.ここは創世記の19章の一場面が描かれています。ソドムの町を神が、その悪徳のゆえに滅ぼされる物語のなかで、ロトとその家族が救い出される時「命がけで逃れよ。後ろを振り向いてはならない。……さもないと、滅びることになる」(17)とのことばに背いて後ろを振り返ったロトの妻は「塩の柱」になったという物語を田中さんは絵にしている。

「天からふりかかる火をあらわす強烈な赤色の背地が画面の大部分を占める中、塩の柱と化したロトの妻の青色がかった白さが印象的で鮮やかな色彩のコントラストを見せています。第30回行動美術展に出品」と廣田生馬さんが解説しています(『図録』p.109)。
(サイト追記)この出典『図録』はサイト編集者の手元になく、引用語句の正確さは確認できていません。

1975年、田中さん72歳の作品です。

2.ロトはアブラハムの甥として創世記の物語に登場します。創世記は1章から50章にわたって、旧約聖書の最初を飾る長い物語です。ページをめくると天地創造に始まる「原初の物語」(1−11章)が目にとまります。それに続くのが「父祖たちの物語」(12−50章)といって、イスラエル民族の先祖たちの物語です。アブラハム(12章−25章18節)、ヤコブ(25章19節−36章43節)、ヨセフ(37章−50章)の物語が語られます。

 創世記は旧約聖書の最初のまとまりをもつ五巻で構成される「モ−セ五書」の最初の部分の書物です。この「モーセ五書」はイスラエル民族の歴史でいえば、この民族が国家の滅亡を経験して、その後バビロニヤの補囚から解放された時代、紀元前6世紀の終わりから5世紀の初めにまとめられた書物です。

 これからどのような方向で民族の形成を目指すかが混乱している時期に、当時の神殿の祭司たちがそれまでの時代のいろいろな資料を幾重にも編集してまとめ上げた膨大な書物です。その中で、アブラハムは後世の人達に特に「信仰の父」として語り継がれた物語主人公でした(出エジプト3章6節)。

 新約聖書にも多く引用されています(ロマ1章1節以下、ガラテヤ3章6節以下)。そのアブラハムの甥がロトです。彼も彼の家族も信仰深い人達でした。

3.さて、ロトが住んでいたソドムの町は悪行に満ちた町でした。英語の”Sodomy”を辞書で引くと「男色」とありますが、この町の名が語源になったと言われます。ヤハウエ(神)がこの町を滅ぼすと言われた時、アブラハムがソドムのために「もしその町に正しい者が五十人いるとしても……町をお赦しにならないのですか」(18:24)と執り成しを行ったというのが有名な創世記18章の物語です。そして19章では、やはりソドムの悪行のゆえに「主が硫黄の火を降らせ」(19:24)、裁きが実行され、滅びが現実のものとなります。その時、ロトとその家族は、主に願ってやっと「ツォアル(小さい)」の町まで逃げおおせます。その逃げる途中の物語が、今日の「ロトの妻」の物語です。

4.聖書の歴史批評学の研究の側面から言えば、死海南岸付近は硫黄や瀝青(天然アスファルト)や岩塩や鉱石などが見られるだけで、動植物の生存をゆるさない不毛地帯だといわれています。24節、25節は、このような地域にまつわる「地誌物語」であると言われます。また「塩の柱」は、死海西海岸の「ソドムの山」に実際にある風化作用によって生じた奇岩の形をした岩石の柱の由来についての「原因譚物語」だと説明されています。それから察するとソドムの出来事は地震で地割れを起こし硫黄とガスやアスファルトが吹き出して町を絶滅させた記憶かもしれません。沃地が破局に襲われた記憶でした。語り手はいつの時代にも「罪深い共同体」への徹底した神の裁きの有効な実例として、イスラエルの歴史に甦らせ語ったのです。以下箇所です。(申29:23、イザヤ1:9-10、同13:19、エレミヤ49:18、同50:40、エゼキエル16:46f、ホセア11:8、アモス4:11、ゼパニア2:9、詩編11:6、哀歌4:5)

5.「塩の柱」について、ある聖書注解者の有名な見解を紹介しておきます。

「神の裁きに関して人間に与えられている可能性は、それを被るか、それを免れることができるのか、の絶対的な二つだけであり。それ以外の第三の道は有り得ないのである」(フォン・ラート)。
(サイト記)引用文献名は不明です。

 このことの真意を人間学的に翻訳すれば、徹底して希望に向かって生きることであろう。

6.田中さんの絵はロトの妻の現実だけを描いているわけではありません。3人の家族は目を見開いて、将来へと一歩を踏み出しています。その大きく見開いた目と顔が向かう方向を見守るように塩の柱は背後に立っています。構造からいうと右の隅に主題がおかれた感じの絵です。

洋画家・田中忠雄の聖書絵から聖書を学ぶ(2009.12-2010.9)

13.エリヤと鳥

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