『喜んであなたのパンを食べなさい』(2009 書評・ブラジル・コヘレト)

『喜んであなたのパンを食べなさい − ともに学ぶ「コヘレトの言葉」』(マリア・アントニア・マルケス、中ノ瀬重之、訳:大久保徹夫・小井沼眞樹子、ラキネット出版、2009年1月)

2009.4.20 執筆、「ぽーぼ」掲載

(日本基督教団教師、単立明治学院教会牧師、健作さん75歳)

 聖書はだれがどのように読んでもよい。独りで読んでも、みんなで読んでもよし、古典への教養として、もちろん信仰の書として、読んでよい。「教会形成」の書として読む「正典的解釈」が一番正しい読み方だとキリスト教正統主義の方はおっしゃるが、それも一つの読み方である。世には様々な聖書への手引書があってよい。正しい読み方などというものはない。ここに紹介しようとする手引き書も、その一つにすぎないのであるが、強烈な主張を持っている。そして、日本のプロテスタント教会では類を見ない個性の書として翻訳・出版された。

 その特徴とは
① 今、世界で最も貧しくされた者、極貧の経験者・目撃者の目線で読む。
② 生き抜くための糧として読む。
③ 文書成立の歴史的経緯を聖書学の先端の知見でしっかり探りつつ読む。
④ 仲間と一緒に会話しつつ読む。
 ことである。

 この手引書は、ラテン・アメリカの貧しくされた人たちが、今、政治、経済の権力による生き難さの中を、必死で生き抜く中から生みだされた。それは聖書という歴史的遺産の書物が、貧しくされた人々が生き抜いてきた証言を含んでいて、その道筋に従って読み解くことで、生きづらさとして立ちはだかる諸力に抗する力が与えられることを信じてのアプローチである。

 そのような読み方の方法を提示している珍しい書物である。このような書物が生み出された背景にはラテン・アメリカでの民衆解放の運動がある。民衆(ポルトガル語でポーボ)自らの立ち上りを指導者が手助けし、また指導者が切り開いた方法で、民衆が一層自覚を深め、それがキリスト教の分野で組織化されたのが「ベルボ聖書研究会」であった。

 本書の著者は、現在の所長で、その運動の中心に立つ、中ノ瀬重之神父(通称シゲ神父)とそこの講師M・A・マルケスさんである。訳者は、本誌『ぽーぼ』の運動を担って立つ、大久保徹夫さん、小井沼眞樹子さんである。

 具体的学習テキストとして旧約聖書の「コヘレトの言葉」が取り上げられる。旧約の時代背景が
① 部族連合社会(BC. 1250-1030)。友愛に基づく共同生活の時代。
② 王政(BC.1030-597)土地が王権の支配に集約され、民衆は搾取に苦しみ、神殿の祭司の独裁的神のイメージに対抗して、友愛の神を奪還する運動が起きる時代。
③ 補囚(BC.579-538)。祭司の描く全能の支配者としての遠い神に対して、困窮にある者や奴隷を贖う親族に近い神の関係が取り戻される時代。
④ 補囚後、神権政治の確立。神殿と律法は民衆支配の効果的道具となり、ギリシャ人の政治支配が徹底する、セレウコス王朝時代(BC. 301-198)には戦争が5回もあり、増税・外国商人による搾取・過酷な奴隷労働に農民が追い込まれる時代、と明確な時代把握の基本線が繰り返し学習される。

 その上で、「著者コヘレト(賢者)」が、紀元前250年ごろ、神権政治の許で「苦しみながら生き延びる民衆」の現実を見つめ、なお生きる力と励ましを与える「言葉(知恵、格言)の記録」を残した。その記録を見極め、その言葉の意味を現代に甦らせて学習を試みようとするのが本書である。

 学習は、8回の集会を開いて集まることで営まれる。必ずしも書物の第1章から学んで行くわけではない。その骨組みを記してみる。
① 9:13-18:知恵・格言への注目
② 1:2-11:権力・富で人間の一生は意義付けられない。
③ 5:6-16:富のため込みは悪
④ 9:1-10:報いを求めない善
⑤ 7:26-30:男女差の社会的不平等は正しくない。
⑥ 5:1-19:幸福に至る提案、食べて飲んで労働の成果の享受。
⑧ 4:1-12:幸福は共同体の全体で。
⑨ 3:1-15:神は歴史の主。時の意味を示す。

 それぞれの箇所で、テーマ、登場人物、キーワード、学習の狙いが明記されていて、集会の促進役(ファシリテイター)の手引き(マニュアル)が記されている。これらから汲み取れるメッセージは現実的、生きる希望や喜びを示すように組まれている。

 さて、本書の一番の特色は、聖書の学び方にある。会場準備、進行係の気配り、読むことの困難な人の参加には繰り返しテキストを読み聞かせる、役割分担を決める、などの細かい注意と、実際に参加者の話の糸口を引き出す「きっかけ」の例話がある。まとめの役割の人が、まとめて、次の集会へと内容をつないでゆくようにプログラムが組まれている。

 基本的に、聖書の知的学びではなく、一回一回が基本的には祈り(毎回「主の祈り」が祈られる)を持った霊の養いの「礼拝」になっている。会場には、聖書、ローソク、花、そして模造紙の用意が促されている。

 本書の表題『喜んであなたのパンを食べなさい』は、第6週のテーマである。

 極貧の中で、パンは神の無償の愛、イエスによってもたらされる神の国の象徴であること、そしてパンを分け続けることからくる隣人との祝福が学ばれる。

 この思考を今日の新自由主義の格差社会への対抗軸に活かすことが大切だと思う。

 さて、この本は、ラテン・アメリカでの民衆が使っている学びの本である。

「1センチでもいい、1ミリでもいい、貧しい人々の視座から考えていく「神の国」の建設であることを願っている」(シゲ神父、「日本語版へのまえがき」)

 という切なる願いが込められている。

 中産階級が主流である日本のプロテスタント教会での用い方にはそれなりの工夫がいるであろう。それは、「ラ・キ・ネット(ラテンアメリカ・キリスト教ネット)」での実験にゆだねられるのではないか。

「信仰義認」という神学体系を中心に「救済」の宗教を説く日本の教会では、旧約の知恵文学に属する「コヘレトの言葉」はあまり学ばれてきていない。

 格言(日常的思惟)に「救済」を読み取る思想的営みに対しては「救済」を体系的に捉えようとする思考からは違和感を抱く人が多いのではないか。しかし、体系的思想はともすると、権力の体系的支配構造を補完する役割を果たす、そこを柔軟に切り抜けて、それを脱構築してゆく思想が聖書の「文学」、特に「知恵文学」にあることを実践的に学ぶために、「コヘレトの言葉」を学ぶ大切な意味があるのではないか。

 テキストを使って、どんな形でもよいから、学びに手をつけてゆきたい。なお、辛苦の翻訳の労に心からの感謝を捧げたい。

▶️ 喜んであなたのパンを食べなさい(2009 望楼 ②)