愛の足あと(2005 神戸真生塾)

2005.11.1 神戸真生塾広報誌「愛」第2号 所収

(2003年5月24日、神戸真生塾竣工式礼拝説教より抜粋)

(神戸真生塾理事、神戸教会前牧師 72歳、明治学院教会牧師)

「あしあと」は皆様のよくご存知の詩です。

 主人公「私」は夢の中で主と共に歩いてきた自分の人生の足跡を見ます。主と私と二人の足跡が並んでいます。ところが自分の人生の一番厳しい時、足跡は一つしかありません。

「私」は思い切って尋ねます。
「いちばんあなたを必要とした時に、
 あなたが、なぜ、私を捨てられたのですか、
 私にはわかりません。」

 主はささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
 わたしはあなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだった時、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」

 (1964年、マーガレット・F・パワーズ)

 愛の感動を語っている詩です。

 なぜか、この詩で神戸真生塾の古い建物のことを想いました。1933年(昭和8年)の竣工です。神戸の風水害、太平洋戦争下の空襲、そうして阪神淡路大震災にも耐えました。解体される時、後々記念になるようなものはないかと現場の人に聞いたら、何もないと言っていました。

けれども、廊下にも、階段にも、それぞれの部屋にも、その建物には、見えない「愛のあしあと」がいっぱいついていました。

 この施設を愛し、その時代時代に、ここでかけがえのない成長を遂げた子どもたちをこよなく愛した多くの人たち、旧職員の方々、地域の人々、そして子どもたち同士の「あしあと」。それらがたくさん刻まれている建物でした。

「見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続する」(聖書・コリントⅡ 4:1-18)

 そんな響きが感じられます。

 神戸真生塾の創立者の一人、矢野彀(やごろ)さんのことを記した書物があります。

「同氏は明治19年、鳴行社燐寸製作所に入りしが、貧民児童が早朝より夜更けまで立ち働き、教育を受くる機会なきをみて、これが救済をなさんと欲し、有志と相計り新田夜学校をおこし、その教育のために尽瘁したり。その他……氏は児童の教育は、宗教的な根底を有せざるべからずを感じしが……ついに牧師永田時行氏より受洗せり」とあります(『信仰30年基督者列伝』警醒社 1921)。

 注目したいのは、受洗が先ではないのです。子どもたちの貧しく、虐げられている現状に突き動かされて、その傍らに佇み、自らも困惑して、その困惑、困窮がなお支えられていることを信じて洗礼を受けるのです。

「宗教的な根底を有せざるべからず」とは、愛の理念のことではありません。くずおれる自分がなお「見えない神の御手に支えられる」と言うことです。「あしあと」のように後でわかる出来事が宗教的根底なのです。

 竣工式に聖書を一箇所選びました。

「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛した……ここに愛があります。……わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、神の愛がわたしたちの内で全うされているのです。」(ヨハネ第1 4:7-12)。

 神戸真生塾のキーワードを一つ、しかも漢字一文字で選べといえば、迷わずに「愛」という言葉が選ばれるでしょう。そうして、そのとき同時に想うことは、今は亡き塾長・水谷愛子さんの名前も「愛」であったということです。

 神戸真生塾にはイエスの足跡が根底にあります。またそれに続くたくさんの「愛のあしあと」があります。

 新しい建物にさらなる「愛のあしあと」を、ここに関わりを与えられた者たち皆で、刻んでいこうではありませんか。

 お祈りをします。

 天の父なる神様、新しい建物をありがとうございます。

 どうかこの建物が、神様の愛にふさわしく用いられますように。

 この建物に「愛のあしあと」をたくさん刻ませてください。

 主イエスの名によって祈ります。

アーメン

「再度谷を下る」 神戸教會々報 No.164 所収、2001.12.23