夜は更け、日は近づいた(2014 信徒講壇 ⑨・ロマ・待降節)

ローマの信徒への手紙 13:11-14

2014.12.14、 明治学院教会(信徒講壇 ⑨)待降節 ③

(日本基督教団教師、前明治学院教会牧師 -2014.3、81歳)

ローマの信徒への手紙 13章11-14節、新共同訳 ”救いは近づいている”

 更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、私たちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです。夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう。日中を歩むように、品位をもって歩もうではありませんか。酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません。

1.日は近づいているか

「夜は更け、日は近づいた」いい言葉です。しかし、言葉の響きの重さが自ずと「夜は更け」にかかっている自分に気が付き愕然とします。

 今日12月14日。「総選挙」の結果はもうほとんど”権力”によって方向付けられていて、メディアが伝えるように「”日本国憲法”明文改憲路線」(米国に追従して戦争が可能な国への明確化)が圧倒的勝利をするだろう、という情況がのしかかっているからです。

「戦後民主主義」の「葬儀」に臨席しているような気持ちです。

 でも、この聖書の箇所は、「日は近づいている」の響きのゆえに、アドヴェント(待降節)の教会暦テキストに選ばれているのです。

「あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ている」(11節)

 という覚醒を、ローマの教会の信徒たちに促す、著者パウロのこの書簡の最も大事な部分です。

2.眠りから覚める

「ローマの信徒たち」はローマ帝国の支配秩序・価値観から自由な主体として、ナザレのイエスの福音を信じ「信仰に入った」(11節)のです。

 しかし、しばらくすると、元の価値観に生活ぐるみ絡め取られました。そのローマ社会の現実を著者は3つの次元で描写します。

① 「酒宴と酩酊」(酒の神バッカスへの祝宴。現実逃避と自己陶酔)

② 「淫乱と好色」(社会秩序保持のための「神殿娼婦」、現代の「性産業」、日本軍隊の「従軍慰安婦」問題の類)

③ 「争いとねたみ」(権力構造の裏側、競争や格差社会、弱者切り捨て)

 パウロはここからの脱出を

「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです」(ローマの信徒への手紙 3:23-24、新共同訳)

 と解き明かしてきました。ヨハネ文書の表現では「神の愛」(ヨハネ 3:16)ということです。この初心に帰ることが「眠りから覚める」(ローマ 13:11)ことでありました。

3.光と闇

 11節の「眠りから覚める」を12節では「闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう」といい、14節では「主イエス・キリストを身にまといなさい」と、実践的行動への促しを語ります。

12節は「洗礼式の用語」と考えられ、「キリストを着る」という表現は、ガラテヤ 3:27、コロサイ 3:9-10、エフェソ 4:24 にも出てきます。

 元来はローマの密儀宗教での神との神秘的結合を示す用語ですが、その用語を用いて語っています。「馬子にも衣装」という諺がありますが、イエスの生き方への「模倣」が「毎日」を救うのです。実践・方法を身に付けたとき「暗さ」を脱することができるのです。

4.2種類の「時」

 11節には「時」が2種類使われています。

 最初は「カイロス」(知っている時、救いの時)。次は「ホーラ」(眠りから覚めるべき時、行動の時)。

 更に、あなたがたは今がどんなであるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべきが既に来ています。

 行く先の決まったバスに乗った(カイロス)のは既に事実です。降りる時(ホーラ)に目覚めているようなもの。「日が近づいた」とは降りる時の接近を言っています。

「居眠り」に注意して、生かされている者の自覚を、そして各人に与えられている役割を、淡々と生きてゆきたいと思います。

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