ひとり子を賜わったほどに(1976 クリスマス)

1976年12月26日 降誕祭第二主日 岩国教会週報
「先週(クリスマス)説教より」ヨハネ3:16-21

(岩国教会牧師12年、健作さん43歳)

ひとり子を賜わったほどに(ヨハネ3:16)

 イエスの誕生が「賜わる」という言葉で言い表されている。『賜わる』は「主は、わたしたちの罪過のために死に渡され」(ロマ4:25)の『渡され』と同語義である。貧しく悩める者と共に在り、十字架の死に極まったイエスの全生涯が意味されている。我々にとって未知の経験の一つ一つにまで及ぶであろう神の恵みが、人の世の罪を包み、あがない、覆っている。人知らぬ間に。私たちは人生の途上、行き詰まり、困惑し、倒れ傷つく。しかし、その局面を恐れずに生きることが『賜わった』恵みを確かめ、知り、活かされることにならないだろうか。「心は熱しているが、肉体が弱い」(マルコ14:38)という。だが、眠ってしまう弱さの傍らにイエスは立つ。十字架へと。ベツレヘムの夜の如く。独りで。

(1976年12月19日 クリスマス礼拝 岩井健作)


(報告欄より)
 共同の祈り「一年を感謝して」
 祈祷会は休会。各自、共同の祈り「一年を感謝して」のテーマで、懺悔、感謝、献身、そして特に憶えるべきそれぞれの「ある方のため」祈りの時をお持ち下さい。
 礼拝後、会堂の掃除、亀の里(障碍者自活アパート)に移動しクリスマス集会、夕礼拝。
 教区常置委員会 28日(火)広島


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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