”洗足” ヨハネによる福音書 13章1〜11節(聖書 おはこ ②)

ヨハネによる福音書 13章1-11節 新共同訳 見出し”弟子の足を洗う”(並行箇所 なし)
(新共同訳の見出しの範囲は13章1-20節まで)

▶️ ”種を蒔く” マルコによる福音書 4章1〜9節(聖書 おはこ ①)
▶️ ”実を結ばない” ルカによる福音書 13章6〜9節(聖書 おはこ ③)

 さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。夕食のときであった。既に悪魔は、イエスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。イエスは、父がすべてをご自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。そこでシモン・ペトロが言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も。」イエスは言われた。「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」イエスは、御自分を裏切ろうとしている者がだれであるかを知っておられた。それで、「皆が清いわけではない」と言われたのである。

(ヨハネによる福音書 13章1-11節、新共同訳)
日時タイトル
581992.5
神戸教会
(頌栄)
鈍さを生きる
(神戸教會々報 ㊻)
762010.6
YMCA
(横浜)
弟子の足を洗う
(田中忠雄 ⑩)
802014.7
東京都民教会
実を結ぶ奉仕
812014,8
田浦教会
(横須賀)
後で分かるようになる
812014.8
奥中山教会
(岩手)
それでも弟子の足を洗うイエス