戦争責任告白とわたしの歩み(2017)

『日本基督教団 戦争責任告白から50年 – その神学的・教会的考察と資料』所収
(『時の徴』同人編、新教出版社 2017年3月1日発行)

(日本基督教団隠退教師、健作さん83歳)

 わたしは太平洋戦争(第二次世界大戦)敗戦の時、小学校6年生だった。東京から新潟の柏崎の近くに学童集団疎開をしていた。戦争に関しては直接の加害者ではない。「アジアの人々」に対して「日本人である」という大きい意味での加害者責任は勿論別であるが。戦後は父親の岐阜での開拓自給農村伝道の中で信仰を養われ、下積みの農村で「反体制意識」を培われた。1950年代の大学で、「警職法」や「破防法」反対闘争に加わり、広島の教会に赴任した。「原爆」の問題に触れ「原水禁運動」に積極的に参加し、次の呉山手教会では「憲法九条」があるのに海上自衛隊の「軍艦」が並んでいる旧海軍の街には驚いた。ここでは「呉キリスト者平和の会」を立ち上げた。次の岩国教会では前任者・高倉徹から引き継ぎ「社会・共産の政党や地区労(労組)」などの米軍岩国基地の撤去運動を共に担い、ベトナム戦争時には鶴見俊輔、小田実、吉川勇一に加わって個人原理の『ベトナム反戦運動』いわゆる「ベ平連」の一連の運動で、地元ならではの反戦米兵支援など、きわどいこともやった。そこで個人では活動しても「教会」は変わらないことに気付かされ、教会としてまずしなければならないことを考えた。既に前任者の高倉徹は「教団」の当時の宣教路線「伝道圏伝道」と「体質改善」を地元で着実に実行していた。労働組合との連帯運動なども、岩国地区の牧師・杉原助が担っていた。杉原は「岩国キリスト者平和の会」を立ち上げていた。何が欠けているのかを考えるうちに、教団・教会の歴史意識であることに気づいた。折しも1966年「第17回夏期教師講習会」に西中国教区から藤田祐(たすく)と共に参加した。校長は鈴木正久であった。ここで「教団として過去の戦争に協力した責任を表明しないと現場では伝道が出来ない」ことを訴えた。歴史文書では「若手教師から訴えがあり」などとなっている。そこで、講習会の運営委員である渡辺泉、岩井健作、山岡善郎、大塩清之助、内藤協(かのう)および校長の鈴木正久にその準備が委ねられた」(『日本基督教団資料集』第4巻、p.326)。その結果、1967年、第4回教団総会に渡辺泉を建議者として、いわゆる「戦争責任告白」と「沖縄キリスト教団と日本基督教団の関係に関する件」が建議され可決された(詳細は『教団資料集』第4巻を参照)。

 以後「わたし」の問題に関わりのある部分を記すと、「戦責」の起草は、「告白」本文は「東京」の委員が担当し、「関西」で議案の前文を担当した。可決以後は岩国で牧会する岩国教会、西中国教区の教会的体質へと深化させることに努力した。いわゆる従来から言われている「伝道活動」とどのように相即させるかが課題であった。岩国は米軍基地問題、ベトナム戦争の反戦活動があり、西中国には従来から平和や社会問題に取り組んできた教会や教師が多かった。当時の杉原助、藤田祐、山田守、榎木昭三、筒井洋一郎、曽根原穹、そしてもちろん筆者も含めてが推進力であった(記憶なので漏れた方がいれば失礼)。

 その後、1978年に神戸教会の招聘を受けて兵庫教区に移った。神戸教会の設立は1874年、旧組合派設立の最古の伝統がある教会であり、日本の近代を担ってきたキリスト教の典型の教会である。「戦責告白」になじむまでは牧会全般での取り組みが必要であり、24年の牧会で毎年の「宣教方針(案)」に「戦責告白」の意義を盛り込み、教会活動全般にわたって取り組んだ。1992年発行の『近代日本と神戸教会』(武藤誠、笠原芳光、岩井健作、中永公子編集、創元社 1992)では、「教会の体質改善」「『戦争責任告白』をめぐって」の二項目を設け教会の実質的な取り組みを検証する記録を残した。2002年3月、神戸教会を辞任し「妻の実家」のある鎌倉に移り、教団隠退教師になったが、神奈川教区の「基地自衛隊問題小委員会」などでしばらく基地問題に関わった。その後様々な係累で現在は高崎市の老人福祉施設、社会福祉法人新生会(理事長 原慶子)の老人ホームに身をおいている。この施設の基盤は聖公会である。一昨年『兵士である前に人間であれ』(ラキネット出版 2014)を上梓した。今までの「反基地・戦争責任・教会」に関する論考を「ラテンアメリカ・キリスト教ネット」の沖田忠子氏、大倉一郎氏、大久保徹夫氏にまとめていただき感謝している。

 「戦争責任」への論議で欠かす事ができないのは、「本土」の「沖縄」への加害者責任である。筆者は「教団と沖縄キリスト教団との合同のとらえなおし」特設委員会に長年関わった。最近『戦う民意』(翁長雄志(たけし)、角川書店 2015)、『日本にとって沖縄とは何か』(新崎盛暉(てる)、岩波新書 2016)、『ベ平連と市民運動の現在 – 吉川勇一が遺したもの』(高草木光一、花伝社 2016)など沖縄関係や市民運動関係の書物を読み、心を「辺野古の闘い」に馳せ、今は亡き吉川勇一を深く追想している。

(岩井健作)


BOX-2. 個人所蔵史料(書籍等)

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