思いのままに ー「あとがき」に代えて 2005年版『地の基』

思いのままに ー「あとがき」に代えて 2005年版『地の基』

2005年版『地の基震い動く時』所収

 説教が早口でよく聞き取れない、音声のストレスが激しすぎて聞き取りにくい、論旨が明確なのは良いが、途中ぼやっとして一度その筋道から離れるとあとがついていけない、言葉が難しい、マイクの使い方をもっと上手に、声が低いのでもっと高くなど、たくさんの説教への「熱意ある要望」を、牧会を務めさせていただいた呉山手(5年)、岩国(13年)、神戸(24年)の教会で聴き続けてきました。どうしようもない部分もあるのですが、とにかく少しでもそれに応えるための対策として、説教原稿をきちんと書き、ゆっくり話すように心がけてきました。気が多くて、少なからず社会的関心の行動に飛び出し、地味な勉強の習慣は幼少から身についておらず、説教の準備をいつも土曜の夜中に追い込んでしまう中で、なんとか説教を今日まで続けてこられたのは不思議な気がします。神の支えと聴衆の忍耐によるものだと思っています。

 あの地震の時も、原稿は不思議と書き整えました。倒れて散乱した書斎の本の中に、ティリッヒの説教集『地の基震い動く』が目に留まりました。こんなに震い動いたのだから題をお借りしても悪くはないだろうと思って、地震後最初の説教のテキストと題を選びました。でも礼拝の参加は近くのごく少数の人たちでした。何週間か過ぎて、説教を会員や身近な人に届けようと思いました。ワープロを使っていなかったので、手書きの乱雑な原稿を身近な奉仕者に活字にしていただき、それを教会からの安否を問う手紙と共に何回か発送いたしました。その一部が大阪・貝塚の西川治郎さんの手許に届きました。西川さんは昭和初期のSCM運動(学生キリスト者運動)の中心メンバーで、戦後「SCM研究会」を興し、その運動の一環として「SCM叢書」を刊行しておられました。出版の労を取り、その中の一冊に加えてくださって出来たのが、SCM叢書⑤『地の基震い動く時』(1996.2.25発行 大阪キリスト教書店)です。

 時が経って、私は神戸教会を退任し、不思議な導きで古都鎌倉に居住することになりました。関東に来て多くの方に新たに出会いました。その一人にコイノニア社の市川邦雄さんがいました。キリスト教関係の出版の方だというので、自己紹介を兼ねてさりげない思い出、『近代日本と神戸教会』(1992 創元社)、『土の器に盛られたいのちの言葉 − 聖書をどう読むか』(神戸教会伝道委員会編 2003)それに『聖書を歴史的に読む』(SCM叢書② 1993)と『地の基震い動く時』をお渡しいたしました。

 しばらく経って市川さんから、地震の時の説教をもう一度出版してみたい、とのご好意あるお話がありました。あの小冊子に収められている論文類は外して、説教だけにすると分量が足りないので、地震に関連するような説教を少し見せて欲しいとのことでした。神戸の最後のものと、代務者を務めていた川和教会の説教、いくつかの教会で頼まれた時に行ったものなど20数編をお送りしたところ、10編が採用になりました。

 他教会で依頼された説教は、その教会との一回限りの出会いが多いので、私としても「その一回に語りたきことを」という思いがあり、お料理に譬えたら、朝のお味噌汁とご飯というよりは、まとまったお料理ということになるので、川和教会でのものは載りませんでした。その意味では、川和教会では地味な講解説教が中心でした。でも同じテキスト、もう一度他の教会のために原稿を作り直す作業をしたものは載っています。決して「焼き直し」という意味ではないのですが、同じテキストの説教を何回かしています。例えば、ペテロの第一の手紙4章7節から11節の説教は、神戸、川和、西宮門戸、茅ヶ崎恵泉で行っています。その他にもあるのですが、それぞれの原稿を読み直してみると、メッセージの強調点は異なっています。説教は時と場(人)によって引き出されるものだから当然といえば当然です。それぞれの場での聞き手を予想しつつ準備をいたしました。厳密に言うと、この本は語られた説教をテープ起こしして記録したものではありません。そういう意味では「説教集」というよりは、これから講壇に立つとき携えていった「説教原稿集」です。実際語られたものは、その場のアドリブがあるに違いありません。これがどのように語られたのだろうか、と想像して読んでいただけると幸いです。

 昔は、原稿の準備ができなくて、未完の草稿を持って講壇に立たざるを得ないことがありました。語ってしまった後、次の週報にまとめを載せていました。「下種の後思案」と言う諺ではありませんが、わりあい簡潔な文章で、自分でもよくまとまっていると思うことがありました。事情で礼拝に参加できない方も、それで繋がっていただくという配慮もあったと思います。あるとき、大先輩である西宮教会の棟方文雄牧師から「あなた、説教要旨を次の週報にまとめているけどね、そんなことしていたら教会が駄目になりますよ。説教は聴くものです」と言われました。若い後輩への思いやりの叱責だったと思っています。その次の週、その出来事を週報に記した上で、以後前回の「要約短編説教」を載せることは一切やめました。棟方先生はカール・バルトの正統的流れの説教をしておられました。私はどちらかと言えば、聖書には歴史批判的で、社会派・実存派です。かなり違うのですが、説教が「聴聞」と「語り」の相互関係であることをあれ以来厳しく肝に銘じています。その日の週報には、できれば当日の説教の釈義や例話の要約などを記して「聴く」ことの理解の助けになる文章を載せることにしました。

 今回の説教では「祈り」がついていますが、原稿にあらかじめ書いたものと、即興の祈りもいたしましたので、今回後からつけたものがあります。それから、説教の中で実名を載せたものはそのままにさせていただきました。説教の状況性を考え「声の碑」ではKさんはイニシャルにしてありますが、Kさんのことは度々出てきます。シャローム工房の木原栄示さんです。最初の本を西川さんの依頼で、地震後やっと立ち上げた工房で仕事をしてくださいました。追悼の意味を込めて、改めてお名前を覚えさせていただきます。説教中の引用で、138ページに「台湾民話・呉鳳の話」が載っています。これは神戸教会伝道部委員会編『土の器に盛られたいのちの言葉』の217ページの佐藤研先生の講演記録「呉鳳の物語」から引用させていただきました。お断りしてお礼を申し上げます。『地の基震い動く時』という書名は、SCM研究会の西川さんの了解を得て同じ書名にさせていただきました。

 阪神淡路大震災から10年を覚えるために、『大震災十年・被災地生活実態調査』(2005年1月)がまとめられました。住まい、仕事、借金、健康などで状況が悪化している人の実態が明るみに出ています。阪神淡路大震災は、私にとっても未だ現在進行形の問題です。教団・教区の地震関係の活動記録は『大震災資料集 兵庫県南部大地震と日本基督教団』(2000年11月 大震災資料集刊行委員会編)にまとめられています。また、兵庫教区は「被災者生活支援・長田活動センター」(柴田信也牧師専従)を立ち上げ、全国諸教会に呼びかけ、この10年継続して、現地、国内、諸外国の災害に関わってきています。そのような働きの中で、この「説教集」が意味を持ち、さらに「阪神」以後の災害への関心、特に中越地震被災者・被災教会への祈りを呼び起こすものであればと願っています。

 この本は、ひとえに市川邦雄氏の熱意によって生まれました。多少怯む私を励まし、ここまでまとめてくださったことに深甚なる感謝をささげます。

鎌倉にて 2005年秋

岩井健作