ステパノ、石で打たれる(2009 小磯良平 ㉛)

2009.10.21(水)12:20-13:00、湘南とつかYMCA “やさしく学ぶ聖書の集い”
「洋画家 小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ」㉛

(明治学院教会牧師、健作さん76歳)

画像は小磯良平画伯「ステファノの殉教」

使徒行伝(使徒言行録)7:54-59

1.小磯さんの聖書の挿絵32葉は日本聖書協会から絵葉書になって発刊されている。季節の便りやお見舞いなどに私もよく用いる。けれども「ステパノ石で打たれる」という場面は、よほど親しくて聖書のことが良く分かっておられる方にでも、絵葉書としては使いにくい。

 「殉教」といえば一般化されるが、一人の人が殺される場面である。どういう背景があったのか。とてつもない事柄の重さを感じさせる絵である。イエスの十字架について、直接処刑場面を描かなかった小磯さんが、どうしてこの激しい場面を描いたのであろうか。

 あの穏やかな小磯さんが、という思いがしきりにする。しかし、使徒言行録を通読してみると、この場面は、この書物では大変重要な場面であることが分かる。「今度は何度も聖書を読んだよ」と友人(田中忠雄画伯)に話していた小磯さんは、きっとその結果この場面を選んだのだと思う。

2.使徒行伝(使徒言行録)では、ステパノ(以下、新共同訳の”ステファノ”を用いる)の名は6章になって登場する。

「そのころ、弟子の数がふえてきて、ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人たちに対して苦情が出た。それは、日々の分配のことで、仲間のやもめ(寡婦)たちが軽んじられていたからである」(使徒言行録 6:1、新共同訳)と述べられる。

 この書物の根幹にある12使徒は「もっぱら祈りと御言葉の御用にあたる」という。

 そうして食卓のことに携わる7人が選び出される物語が6章から始まる。

 選ばれた人名リストの筆頭にステファノの名がある。この7人はフィリポとニカルノを除いてはギリシャ的な名である。原始教会では早い時期から、ギリシャ語を使う人達(ヘレニスト)とヘブル語を使う人達との二つのグループがあり、その間に確執があったのではないかと想像される。

 前者は鮮明にイエスの「救済史的意義」をモーセの律法よりも上に置いたのであろう。このヘレニスト達は一種独立した礼拝共同体を形成していたのかもしれない。ステファノはそのグループの指導者だったのであろう。

 後者はヘブル語を使いユダヤ人の伝統を重んじる習慣から、律法についてはもっと保守的で控え目であった。二つのグループには緊張関係があった。

 迫害のきっかけは、ヘブル語を使いユダヤ人の伝統を重んじる、キレネとアレクサンドリア出身者で「解放された奴隷の会堂」(新共同訳)に属する人々、キリキア州とアジア州出身の人々から起こった(6:9)。

 彼らはステファノに議論を挑んだステファノに歯が立たない。律法の意義を根本から損なう(と理解した)ヘレニスト達への「怒り」は治らないどころか、逆に燃え上がる。

 そうして法的にはユダヤの「民衆、長老たち、律法学者たちを扇動して、ステファノを襲って捕らえ、最高法院(サンへドリン・議会)に引いて行った。そして、偽証人を立てて」(6:12-13)、議会の議を経て(当時、死刑執行権はローマ帝国の監督に属していたが、その裁下を受けて)、ユダヤの方式による「石打の刑」に処したのであろう。だから、律法については控え目で批判をしなかった、ヘブル語を話すキリスト教徒は迫害の対象ではなかった。ギリシャ語を使うキリスト者(ヘレニスト)はエルサレムから追放され、移住を余儀なくさせられた。

 ステファノの処刑には、サウロ(パウロ)が最高法院(議会)から委託を受けて、一判事として職務を行い、他の者らと死刑判決を下したことが、使徒行伝の伝える所である(22:4)。

3.小磯さんの絵では直接「石打」に手を下さないで左側で見ている二人の男がいる。


 左側の被り物をかぶっているのがサウロだと思う。その右の男は少し歳を取っている。若い血気にはやるパリサイ派の、後のパウロ(この時の名はサウロ)は右手を腰にかざし、したり顔で立っている。

 この私が祭司長たちから権限を受けて多くの聖なる者たちを牢に入れ、彼らが死刑になるときは、賛成の意志表示をしたのです。(使徒言行録 26:10、新共同訳)

 という記事が思い起こされる。そうして、右の二人の男は敵意をもって渾身の力を絞って最後の石を投げつけようとしている。

 殺害の寸前、一瞬の光景がよく描かれている。

 後ろには激しく怒っている群衆がほのめかされている。ステファノのことは7章59節にこう記されている。

 人々が石を投げ付けている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、私の霊をお受けください」と言った。それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。(使徒言行録 7:59-60、新共同訳)

 世界最初のキリスト教徒、それも律法の意義を救済の根拠にしなかったヘレニスト・キリスト教徒の殉教が、実はキリスト教が、ユダヤ人から異邦人へと拡がってゆく使徒言行録の発展物語につながってゆくのである。そうして、ステファノの処刑の立会人サウロ(後のパウロ)の改心へ物語は続くのである。

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洋画家・小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ

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▶️ サウロの回心(2009 小磯良平 ㉜ 最終回)