今の交わり・永遠の交わり(2009 礼拝説教・永眠者記念日)

2009.11.1、明治学院教会(171)永眠者記念日、聖霊降臨節 ㉓

(明治学院教会牧師 5年目、牧会51年、健作さん76歳)

Ⅰヨハネの手紙 2:28-3:3

1.先日、ある記念会のスピーチで、故人の息子さんが次のように語った。

”今年は宗教改革者カルヴァンの生誕500年で、カルヴァンが死者について書いたものを読んだ。天国では召された者はじっと静かにしているのではなく、生き生きと活動をしている。母も、地上の延長で困難に立ち向かい、人々のために執りなしを負っているだろう。”

 故人は学校の教師で、教え子に多くの感化を与えた人。

 過去の美しい思い出は、5年目の新たな「今の交わり」となり、さらに参加者をそれぞれの課題へと向かわしめる「永遠の交わり」を覚えさせました。

2.生と死を超えて、どんな時にも交わりを与えられていることを聖書の中で最も主張しているのはヨハネ第一の手紙です。

 ヨハネの論敵は、自分たちだけが特別高尚な救いに至る霊的知恵”グノーシス”を持っているという高踏的な姿勢で、無知な者との交わりを拒否しました。

 それに対して、ヨハネは神から愛されている者が、その愛に応えて人と人との交わりを生きるからこそ、その人の人格が完成してゆくのだと述べて論駁しました。

”わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛(これはイエスの出来事)を父から賜ったことか、よく考えてみなさい。”(Ⅰヨハネ 3:1、口語訳 1955)

 イエスが、限りなく失われた者の命を受け入れ、全ての人を「神の子」とされた現実を覚える者は「愛する者たちよ、わたしたちは互いに愛し合おうではないか、愛は神から出たものなのである」(4:7)に従って、交わりを重んじます。

”愛する者たちよ、わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。”(Ⅰヨハネ 4:7、口語訳 1955)

「神の子」の姿はそれにより完成に向かっていきます。

3.「ヨハネ第一」には、現在完了形がよく使われています。

 経験・継続・完了という長い時間の経過で、真理を捉え、語る書物です。

 プロセスを根気よく忍耐を持って辿ること無しには、神の愛はわからないと述べています。

 我々も人生の経過を抜きにして神を知り得ない。

 経過にこそ神が賜る愛が宿ります。

4.矢内原忠雄(1893-1961、東大総長、無教会指導者)さんは次のように語りました。

”私どもの個性が、来世においてまで存続するために、私どもの生涯は地上の生涯だけでない、来世に至るまで私どもの生涯は続く。しかも、それは時間的に続くというだけでなく、完成させられていく。この世において成し遂げたいと思っていた、この世において成し遂げられるはずであった仕事、その使命がこれを地上において完成することが出来ずに、この世を終わることは、本当に残念である。自分も残念なことだし、他人も見て惜しいことであります。けれども、復活を信ずることによって私どもは自分の仕事を地上においてだけでなく、天国においても継続していくのであります。”(松本講演 1943、矢内原忠雄)

5.社会心理学者•石川義弘さんが「グリーフワーク」(死の受容の作業)では”コープウィズ”(cope with:対処する、対抗する。大きな外圧に対してそれをはねのけて戦っていくというニュアンス)が大事だと言っています。

 神の愛に応えるということは、人生を一つのプロセスとして、”coping with(対処、対抗)”を持って生きることであります。

 記念会では、静かに神の御許で鎮座まします故人を思い起こすのではなく、故人が自分の人生を「神の愛」の中で「闘いとってきた姿」に出会ってこそ、積極的意味があります。



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