神の武具で(1976)

1976年8月15日 岩国教会週報「先週の説教より」
エペソ6:10-20

(岩国教会牧師12年、健作さん43歳)

神の武具で身を固めなさい(エペソ人への手紙 6:11)

 三つのことを学びたい。

 第一、12節の「戦い」は「格闘」を意味する。スポーツで言えば、一試合、一取組みを表す。信仰生活で言えば、一つの出来事への取り組み方、そのけじめや結末の付け方である。一つの体験の意味が蓄積されるためには、自分の頑なな部分が撃たれるまでの格闘を避けてはならない。成り行きに任せれば、誰しも固陋(ころう)に流れるものなのだから。

 第二、戦いの対象を「血肉に対するものでなく、もろもろの支配と…」(12節)と捉えている。古代思想の表現とは言え、個々の人間を超えた、人間をダメにするこの世の構造を見据えている。信仰の戦いを個人の内面の問題にだけ固定できないことを知らされる。何故、日本基督教団が「戦責告白」をせねばならなかったか、その問いを持ち続けたい。

 第三、「神の武具で」。自分の持っている武具ではなく、神の備える武具でと云われることは意味深い。愛を語る人間が愛を語るそのことで人を切り捨てていくような現実がある。正義を掲げる人間が、不当にも、自分の掲げた正義の実践のツケを、知らないうちに身近な人に尻拭いしてもらっている。戦う人間のかっこよさも、ある視角からは無様(ぶざま)になっていないだろうか。

 エペソ書は「神の武具」の最後で『祈り』を挙げている。戦いの後始末を「絶えず祈りと願い」(18節)で締め括らざるを得ないような戦いが「神の武具」での戦いである。

(1976年8月8日 説教 岩井健作)


(報告欄より)
 共同の祈り「教会夏期学校集会のために」
 礼拝後、夕拝。
 祈祷会・聖書研究会 18日(水)
 教会全体夏期集会 8月21日(土)〜22日(日)
 主題「神に育てられてゆく – 伝道を通して」講師:小林晃(浦安伝道所牧師)

 山口東分区中学生キャンプ 11日(水)〜13日(金)大島教会
 参加59名(中学生34名、高校生6名、教師19名。うち岩国教会23名)
 
 岩国キリスト者平和の会 19日(木)岩国東教会

 NCC岩国兵士センター ウィルキンソン夫妻は13日帰国。9月よりボルドウィン宣教師(広島聖公会)を館長として、主事にはダグラス・マッカーサー夫妻が米国NCCより派遣され、就任の予定です。



BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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