飼い主のいない羊のような有様 – 人を力づけるということ(2012 マルコ ④)

2012.3.21、湘南とつかYMCA “やさしく学ぶ聖書の集い”
「現代社会に生きる聖書の言葉」第32回、「新約聖書マルコ福音書の言葉から」④

(明治学院教会牧師 健作さん78歳)

マルコ福音書 6章30節-34節(参考:マタイ 14章14節)

 ここのところ、福音書の成り立ちを考え、最初の福音書マルコを、時代が少したって「教会」が整ってきた時、マタイ・ルカの福音書が、自分たちの福音書を編集するに当たって、どのように原文のテキストを改訂・削除・再話として書き換えを行ったか、を見てきました。

 マルコの8章は「福音」という言葉を「イエス」自身と等しく扱ったこと(“福音”という言葉の理解 − 宗教は”パッケージ・メッセージ”の伝達か ①)。時代が経つにつれて「福音」は贖罪論を中心に定式化されてきたこと。

 幼子の祝福のところで、大人の分別に「憤った」イエスの振る舞いを、マタイ・ルカは削除したことで「祝福」が時代の状況を離れて抽象化されたものになったこと(イエスの憤り - 子どもを軽んじる社会への批判 ②)。

 マルコには盲人バルティマイの名があった物語から、固有の名を落として「ある盲人」の話にしてしまったことなど(バルティマイという盲人 – 人格的出来事は名を伴なう ③)。

 最初の伝承が持っていたイエスとの出会いの生き生きとした響きが、客観的な「教え」や「教義」へと変ってゆく過程を注意深く考えてみました。これは私たちが聖書を読むときにもよくやってしまうやり方であり、また物事を考える時、人間の生きている現実を忘れ、抽象化して考えることへの注意や反省としなければならないこととして取り上げました。

 さて、今日のところですが、マルコは「大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみいろいろと教えはじめられた」となっています。マタイは「大勢の群衆を見て、深く憐れみ」と「飼い主のいない羊……」の群衆への形容句を落としました。ルカは「イエスは目を上げ、大勢の群衆がご自分の方へ来るのを見て、イエスはこの人々を迎えて神の国について語り」と次の物語の導入にしていますので、ちょっと比較が出来ないので、考察からはずします。

 ここで目に留めたいのは「イエスが群衆を憐れんだ」ということです。「憐れむ」の語源は「スプランクノン」で「腸、内臓」の意味です。内臓は情や憐れみなど「感情の座」と考えられていたので、憐れむという意味になりました。沖縄語で「哀しみ」を「ちむりぐさ」と言いますが「肝が痛む」と意味です。よく似ています。13回の福音書中の用法の12回は動詞「スプランクニゾマイ」です。ところが、言行録、書簡では10回の用法のすべてが名詞の「憐れみ」です。これは、イエスの振る舞いは「憐れむ」という人との関係の持ち方だったものが、時代が経つにつれて「憐れみ」という徳目になっていったのだと考えられます。大事なのは「憐れみ」という徳目ではなくて、憐れむ事の感情で、人と関係を持つことでしょう。

 新免貢(宮城学院女子大学教員)さんは、このたびの地震(2011.3.11 東日本大震災)の中での生き方をイエスに倣って「共感と共苦に身をゆだねる」ことが大事だと言っていますが、これを「スプランクニゾマイ」から基礎づけています。

 さて、「飼うもののない羊の群れ」という言い回しは「イスラエルの家の失われた羊」(マタイ 10:6)という言い回しに対応しています。これは、旧約聖書に出てくる表現です(民数記27:17、歴代誌下18:16)。棄民状態で叩きのめされている状態です。「これはいかなる事態か」と言ってそれに共感と共苦を持って関わり、身をゆだねている状態です。

 今日的に言えば、福島の米農家や、畜産農家の事を考えてみるとよくわかります。放射能被害で米は売れない、作付はできない。「もうお終いだ」と叫ぶ状態です。牛を「殺処分」をする、草が汚染されているので、飼えない。福島、南相馬では酪農家が3人自殺しました。風評被害がある。誰かが親身になって考えてくれるわけではない。政府も東電も、おざなりの賠償しかしない。汚染地域で、家族が分離して住むことになる。仕事がない。収入がない。仮設は2年、その先どうするか。まさに棄民です。「飼うもののない羊」とはそのような状態です。

 こんな大事な言葉をマタイは省いている。イエスはそのような棄民と「共に苦しみ、気持ちを一つにした」ということです。

 震災の時、共に苦しむことが大切であろうと思います。震災では、いろいろな支援・ボランティア活動があったと思います。そこに共感と共に苦しむ事があるかどうかが大事な点ではないでしょうか。

聖書の集いインデックス

そこで(ガリラヤで)お目にかかれる
– マルコにはいわゆる復活物語がない(2012 マルコ ⑤)

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