教会は生きている − 住宅街と寿地区の狭間での教会論(2009 北村慈郎著『自立と共生の場としての教会』書評)

『自立と共生の場としての教会』(北村慈郎、新教出版社 2009)

2009.3.12 執筆、掲載誌不明

(日本基督教団教師、単立明治学院教会牧師、
「北村慈郎牧師を支援する会」世話人副代表、健作さん75歳)

「契機になったのは一人の『バタヤさん』の死でした」(p.113)

 本書の通低音がここにある。著者は東京神学大学を出て東京足立区の足立梅田教会主任担任教師として赴任する。寒い冬、回収してきた廃品の山に囲まれ、仕切り屋の長屋の一室で、心不全で冷たくなった「バタヤさん」の体に猫の糞が散乱していた。

 洗礼を受けていた死者の葬儀を教会で行う。以来「資本主義社会の中で伝道者として生きるとはどういうことなのか(井上良雄氏の言葉)」との問いを持ち続ける。その問いの持続と思想化の軌跡が本書である。

 北村さんは、日本基督教団では今渦中の人である。それは現任の紅葉坂教会で、教会総会の議を経て行っている聖餐式のやり方が、「日本基督教団教憲教規」に違反するという事で、教団常議員会の決議で山北宣久議長から「教師退任勧告」を受けているからである。

 それに対して、まず序章で「問題の所在、今、問題は聖餐なのか?」を問う。

「勧告」の根拠には、第二次大戦時、国家の圧力で成立した「日本基督教団」という良し悪しを含めての「出来事としての教会」の歴史的事態への認識が欠落している。その欠落を鋭く彼は突く。

「開かれた聖餐は、教会の礼拝に集うすべての人と共に、この世で最も小さくされた者のために全存在をささげられたイエスの出来事を想起する教会的行為だ」(p.10)

 問題の所在は教会の在り様そのものだと、彼は一貫して主張する。それをスローガンとして表現すれば『自立と共生の場としての教会』と書名そのものとなる。

 そして「あとがき」では「わたし自身のささやかな『現代の教会論』です」と述べ、彼の考え方に対話をもって貢献した御器所教会時代の知友・天上の土岐正策さんが追想される。

 ある意味でこの書は土岐さんや同時代を「教会」に留まり続けて生きてきた信仰の友への応答であろう。

 そうして序章の最後で

「私は日雇い労働者や野宿労働者の問題に関わっている寿地区センターを支える神奈川教区の寿地区活動委員会の責任を持っているが、日雇い労働者や野宿労働者にとって教会の敷居は高い」(P.8)

 と体験からの言葉が記される。この感覚を彼と共有してゆかねば、という内的促しを覚える。

第1章「自立と共生の場としての教会 − 出来事としての教会をめざして」

 ここに収められた4つの記録は紅葉坂教会に赴任して以来の、教会内の発題・説教である。聖書の教会観(牧会書簡・パウロ・福音書マタイ20)の学びが収められている。歴代の牧師の考えをたどり、役員会・教会員の参加を促しテーマを共有する。そのことを、北森神学の「第一義は神と人間の関係」「隣人の問題は第二義」という神学の秩序の把握ではなく、双方を「往還」の関係として捉え、社会学的概念を含めて教会を「自立と共生の場」と表現する。

第2章「教会ってなあに?」

 川崎の生田教会での講演の収録。読者はここから読みはじめると分かりやすい。教会を「バラバラの一緒」と表現しているのが印象に残った。

第3章「自分史とのかかわりで」

 ここは是非本を求めて読んでほしい。

「既成教会を場とすることを自覚的に選ぶ」(p.117)

 筆者も古い伝統を抱えた教会を所与としつつも、なお選んで生きてきたが、重い言葉である。

第4章「戦責告白・教職論・聖餐論」

 5つの論文が並ぶ。本書の骨格になる部分である。

①「戦責告白について」
②「教職論・聖餐論について」
 この二つは神奈川教区オリエンテーション(新任教師のため)の発題。
 特に②は手堅い手法で、教師検定問題と過渡的教職論に言及した貴重な論文だ。
③「聖餐についての個人的体験と一教会の試み」
④「私はサボナローラか?日本基督教団教師退任勧告を受けて」(共に初出「福音と世界」)⑤「まだしばらくは『正教師』をつづけていきます」(初出「教会と聖書」)

 読み終わり、是非各個教会で、中堅の方々の学びのためのテキストに用いていただけたらとの願いを切に持つ。

「教団・教会」を考える実践的な教会論の書物だ。

 貧富格差の厳しい時代、貧しくされた者たちにも開かれた教会へとの論理が示唆されるであろう。

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