1976年9月12日 岩国教会週報
「先週説教より」第一ペテロ4:12-19
(岩国教会牧師12年、健作さん43歳)
キリストの名のために、そしられるなら、あなた方はさいわいである。(第一ペテロ 4:14)
これは「民主救国宣言」(1976年3月1日)後、韓国の獄中にある新旧キリスト教指導者たちのために、聖書にあらかじめ備えられていた言葉といっても過言ではない。「さいわい」は「幸福」というより「救い」という意味だという。
精一杯キリストを証しして生きることは、人間の論理を超えて神の祝福のもとにある。たとえそれが閉塞の状況に思えても。
『中平久良雄追悼集』(1971年刊。中平健吉弁護士の令兄。信州飯田で入信、朝鮮で昭和14年戦死、享年28)を読ませていただいた。「兄久良雄の一生、それは侵略戦争を戦っていた祖国の一陸軍衛生兵という限定の中にあり、かつ28歳というまことに短いものに過ぎなかった、が、彼が生涯をかけて証ししようとしていたあのお方、主キリストを、もし少しでも証しするところがあるなら」と編まれている。
当時敵方であった呉允台(オユンテ)牧師は、中平久良雄氏の朝鮮での生き方をキリスト者として正しいものであったと評価している。キリストの苦難においてのみ繋がる者が言える言葉を感じ、感動を憶える。
(1976年9月5日 説教 岩井健作)
(報告欄より)
共同の祈り「亀の里のために」
礼拝後、敬老会。周防教会 石塚一牧師任職式(岩井司式)、夕礼拝。
亀の里委員会 13日(月)
牧師在宅日 14日(火)
教区教育問題セミナー 15日(水)
祈祷会・聖書研究会 15日(水)
岩国キリスト者平和の会 16日(木)


