よく生きるために、死ぬということ(2007 礼拝説教・ガラテヤ⑤・世界聖餐日)

2007.10.7、世界聖餐日、明治学院教会(89)、聖霊降臨節 ⑳

(牧会49年、単立明治学院教会牧師 2年目、健作さん74歳)

ガラテヤの信徒への手紙 2:11-21

1.「ガラテヤの信徒への手紙」の解読には「律法による生き方」と「福音による生き方」との区別を知る必要がある。

 この二つは、水と油のように全く性質が違う。

 分かりやすく記号化してみる。「律法による」を△、「福音による」を◯で表す。

 神との関係の持ち方が、△(律法による生き方)では、努力による自己実現を下から積み上げて頂点に至る強い生き方となる。

 ◯(福音による生き方)では「神の徹底した恵み」を信じるゆえに、人間を差別せず輪ができる。

 ここで「神の徹底した恵み」とは、イエスの出来事が、功のない無力な者と共にあり、十字架の死が、弱さにこそ示された福音の神の啓示を意味する。

2.パウロは、△(律法による生き方)から、◯(福音による生き方)へと大転向をした(ガラテヤ 1:11以下)。

「そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく」(3:28)と、民族差別を廃棄した。

 アンテオケ教会は、パウロと同じ思想に立つユダヤ人キリスト者と、律法の「割礼」からは全く自由なギリシア人キリスト者で構成されていた。

 しかし、そこにエルサレム教会の権威筋が来て、ギリシア人(異邦人)に「割礼」を強制した。

 そこで、パウロは「エルサレム会議」を開いて、改めて、キリスト者になるには「割礼」は必要がないことを認めさせた(2:1-10)。

 その後、アンテオケ(アンティオキア)教会では「共同の食事(神の国の祝宴の象徴)」が行われた。それは具体的には「民族差別の克服」であった。

3.その食事を是認して参加していたはずのペトロが、ヤコブ(エルサレム教会)のもとからある人々がやってくると「共同の食事」から身を引いた。

 パウロは、ペトロを「皆の前で」批判した。「アンテオケの衝突」である。

”さて、ケファ(ペトロ)がアンティオキア(アンテオケ)に来たとき、非難すべきことがあったので、わたしは面と向かって反対しました。なぜなら、ケファは、ヤコブ(エルサレム教会の指導者)のもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだしたからです。”(ガラテヤの信徒への手紙 2:11-12、新共同訳)

 ペトロは、異邦人宣教の最も良き理解者であったし、しかもエルサレム教会の重鎮であった。批判は「ペトロが異邦人のように生きていながら」すなわち「律法に縛られない福音に立ちながら」共同の食事の席から退くなら、結果として、異邦人に「律法」を強いていることになる。

”そして、ほかのユダヤ人も、ケファ(ペトロ)と一緒にこのような心にもないことを行い、バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。”(ガラテヤの信徒への手紙 2:13、新共同訳)

 また、そこから生じる「差別」はパウロには許せなかった。

”しかし、わたし(パウロ)は、彼らが福音の真理にのっとってまっすぐ歩いていないのを見たとき、皆の前でケファ(ペトロ)に向かってこう言いました。「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人らしい生き方をしないで、異邦人のように生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生活することを強要するのですか。」”(ガラテヤの信徒への手紙 2:14、新共同訳)

 パウロにとって「信仰の原理問題・異邦人教会の存立の根本問題・神の前の平等の破壊」であり、譲れない問題であった。

「義とされること」「神と人間との正しい関係」は、「イエス・キリストへの信仰によって義とされる」のであって、「律法のお陰で義とされる」(ガラテヤ 2:21、新共同訳)に後戻りするのであれば、はっきり「否」を言う。

 パウロにとって、これが「キリストの死を無意味にしない」(2:21)ことであった。

 その首尾一貫性は、パウロには「恵みの出来事」そのものであった。

4.「律法の生き方に”死ぬ”」ことなしでは、恵みとしての「福音の生き方」を充満させることは難しい。

 そこの”徹底”が「福音」に込められていることを学びたい。

5.新島襄を読み直した。

 新島は、上昇志向(=律法主義)に”徹底して死んだ”人であった。


▶️ “己に死ぬ” ”一粒の麦”


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