ベツレヘムの星先立ちて《マタイ 2:1-13》(1978 神戸教會々報 ②)

神戸教會々報 No.90 所収、1978.12.23

(健作さん45歳、神戸教会牧師として最初のクリスマス)

マタイ 2:1-13

彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。(9節 口語訳 1955)

 都会に来て、星を見なくなりました。

 不夜城のような都市の夜光にはばまれて、星が見えないことは事実です。けれども、星は見えるものではなくて、見るものだ、というごく当たり前のことを忘れかけていた自分に、ふと気がついて、ハッといたしました。

 そういえば、「わたしたちは東の方でその星を見たので(2節)」とマタイ福音書にも記されており「見えたので」とは書かれてありません。ベツレヘムの星も、ひとりでに見えるものではなく、目を凝らして見るものでしょう。

 新約学者シュタウファーは、その著『イエス』の中で、「星」という一項を設けて、ベツレヘムの星が歴史的事実としては、紀元7年の魚座での木星と土星との大接近であることを文献的に実証しています。そしてこの出来事は、ローマでは皇帝アウグストの栄光と結び付けられて解釈されたけれども、もう一方では、土星はパレスチナ、木星は世界の支配者、魚座は終末時代を表すとされ、パレスチナに終末時代の支配者が出現するという説話へと定着したのがマタイの物語であると説明しています。

 星の物語が、ローマ皇帝アウグストに結び付けられることに対抗して、イエス誕生の物語に結び付けられたことに深い意味を見出さないでしょうか。アウグストは権力の象徴です。ヘロデ王もその系列です。そこに示されるものは、上から下への力による系列。暴君と臣民、暴君と奴隷、といった人間の関係。軍事力、資本力、政治権力による支配の関係。そしてそこから生じる連鎖は、魯迅が言っているように「暴君治下の臣民は大抵暴君よりもっと暴である」という、果てしない退廃の状況を作り出しています。

 退廃の状況といえば、暗い夜、トイレに行く路上を何者かに襲われたという紙野柳蔵さんの言葉を思い出します。紙野さん一家は、貧しいながらも炭鉱労働者のクリスチャンの平穏な一家でした。しかし栄養のためとせっせと摂取したカネミライスオイルが一家の後半生を一転させました。

 原因不明の病気。精神的、経済的苦痛。やがて判明したカネミライスオイルによるPCB中毒の状況。

(サイト記)カネミ油症事件。PCB(ポリ塩化ビフェニル)がカネミ倉庫本社工場で食用油に混入。加熱によりダイオキシンに変化。1963年(昭和38年)から西日本各地で発症。1972年(昭和47年)通産省の指導でPCBの製造停止。1972年9月23日 : 紙野柳蔵、無期限で座り込み開始。(Wikipediaより編集)

 不治の中毒状態からの被害者救済運動への立ち上がり、カネミライスオイル被害者の会・連絡協議会会長として骨身を削った働き。

 しかし、人の生命が結局は金で計られていく裁判闘争と心痛む訣別をして、株式会社カネミ倉庫正門前の道路に小屋掛けして、3年間の座り込みによる訴えをしている時、夜、暴徒に襲われたのです。

 私は、数年前、小倉の小屋に紙野さんを訪ねて、小屋の戸を開けて中に入った時の経験を忘れることができません。

 金の力、資本の力、政治権力の力に引っ張られて、その力の戦いで無力を感じ、疲れを覚える心が不思議と包まれるような暖かさがそこにあったからです。権力の象徴としてアウグストを讃える星とは「別な星」の確かなきらめきを憶えさせられました。

 2、3年経って、クリスマスも間近な季節、私の元に紙野さんから一つの小包が送られてきました。もう座り込みの訴えも解いて、今は郷里田川で土地を耕して作ったという高菜の漬物でした。無公害です、という添え書きは、闘いの果てからの宣言の響きを持っているようでした。

 しかし、それはほんの何回か、祈りを共にしただけの機会を持った者への、限りない暖かさのある贈り物でした。そして、それはイエスがそこに居まし給うという、先立ちゆくベツレヘムの星の輝きに似た微光を放っているようでした。

 アウグストの星ではなく、ベツレヘムの星を見るために、一歩を踏み出そうではありませんか、という促しを湛えたこのクリスマスの贈り物を、私は忘れることができません。

岩井牧師 個人消息欄より(1978年11月迄)
5月8日:地区教師会歓迎会、教区教職・信徒のための神学講座に出席。
5月9日、11日:松蔭女子学院宗教週間応援。
5月30日:米兵士への牧会委員会(NCC)出席のため上京、続いて全国幼稚園園長会に出席。
6月1日:下関彦島教会牧師、西中国教区副議長・榎昭三牧師が心臓麻痺で急逝、葬儀に出席。
6月5日:神戸女学院中・高・大チャペルに奉仕。
7月3日、4日:教団宣教委員会のため東京出張。

「神戸教會々報」インデックス

1978年度 夏期特別集会《総括》 伝道委員長 山下長治郎(1978 神戸教會々報 ①C)

ガリラヤのイエス(1979 神戸教會々報 ③)

1978年 説教リスト

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