光を運ぶ者(2003 説教梗概・書籍紹介・集会報告)

2003.12.23(火)、川和教会 クリスマス音楽礼拝
集会報告は、2003.12.28、2004.1.4週報掲載

(川和教会代務牧師、70歳)

(サイト記)この「説教梗概(こうがい)」は、文字数の制約か、引用文のみで終わってしまっている。テキスト原稿が見つかれば掲載します。集会記録の教会員のお名前はイニシャルにしてあります。

ヨハネ 8:12

 イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」

 クリスマスは「暗闇の中に輝く光」を理解する日です。

 私の友人の牧師ががんの病床で綴った文章を紹介します。

「今年の3月、昨年患った癌が、骨に転移しました。……早速、神戸の病院に三日間入院し……日本でも数少ない医療を受けたのです。その後まもなく……仙骨の転移も判明し……歩行困難、歩けません。立ち上がれません。ひどい状態でした。それも十二回の放射線治療を受けて抑えていただきました。その間不思議なことに暗い気持ちに落ち込んだことはありませんでした。強がりを言っているわけではありません。それはなぜかというと、この教区の要職にありましたので、何とかその責任を果たし終えたい、その思いで頭がいっぱいでした。そしてその責任を果たし終えた6月2日のことでした、その時初めて暗い気持ちに落ち込みました。骨への転移は末期がんではないか、その思いが私の脳裏を駆け巡ったのであります。ところがその数日後、独りの友人の手紙を受け取りました。その人は私と同じ病気の人であります。……数枚の手紙、たった一行「骨のがんで死ぬことはありません」、その一行が私の目に飛び込んでまいりました。その時、暗く落ち込んでいた心の中に、さっと光がさしこみました。そうなんだ内臓は元気なんだ、自分には病気を改革する力が残っているのだ。

 落ち込んでいた気持ちは次第に上向きになりました。その日から今日まで病気のために暗い気持ちになったことはありません。……今日こうしてクリスマスを迎えています。……イエス様を信じて従いゆく者は命の光を持つということであり、その光は決して抽象的な観念的な頭で考えるようなものではなく、極めて具体的な一人の人間を通して神様が与えて下さるものであるということであります。

 さらに、私たちは光を受ける、自分が光を受ける。それだけではなく、光を運ぶ者となりたいということです。……神様がその人を用いてくださる時に初めて、それは光としての働きをする事ができるのであります。」

(八十川昌代『彼方からの光を受けて』キリスト新聞社 1998)

集会報告(川和教会 2003.12.28、2004.1.4週報記載)

21日(日)クリスマス礼拝。岩井牧師の「栄光、神にあれ」の説教では「羊飼い」に象徴される「低さ・貧しさ・夜の覚醒」が、今学んでいるフィリピの2章の「キリスト理解のへりくだり」と重ねて説かれ、大江健三郎『新しき人の方へ』(朝日新聞社)に紹介されている、岩国教会の丹下夫妻のことが語られ、聖餐式を守った。愛餐会は司会のO・M兄の爆笑に爆笑を誘う運びで、担当の奉仕者有志のよく準備されたメニューの食事(京樽のお寿司、具だくさんのお汁、手づくりケーキなど)を囲みS・N兄の祈りで始まった。縫いぐるみ回しで当たった、Y、N、S、Y、W、Kの諸兄姉が突然にも関わらず、ユーモアに富んだ心に沁みるスピーチを行った。司会者の上手な誘いでS兄が最近天に召された母堂を偲び秋田民謡を美声で一曲、一同しんみり。9月受洗の歓迎をすべきM・Tさんは事情で出られなかったが岩井牧師より受洗の恵みと経緯、これからの教会生活での祈りの課題が、U・M姉よりは「神様の見守る長い時間でね、Mさん」との歓迎の辞が述べられ、カードの寄せ書きを行った。閉会の祈りを浦部牧子神学生が捧げ、和やかな交わりの集いであった。

23日(水)午前11時からは教会学校クリスマス。前夜遅くまでの教師たちの準備で、よく整った「キャンドルライトサービス」が行われた。O兄司会。岩井牧師の「アハリー・アラブ病院の傷ついた子供もなお笑顔で」の話。第二部祝会。オープンサンド、O姉のケーキでみんなでお食事。ゲームはビンゴ。大人も子供のおおはしゃぎでプレゼントを目指す。抜群の企画。川和保育園の「ぐりとぐら」クラスのY、M、F、Oさん親子の初めての参加。プレゼントは教会学校ネーム入りのカップ。

23日(水)午後5時からは席にコップのキャンドルを灯し「クリスマス音楽礼拝」。司会H兄。聖歌隊の讃美歌合唱。「さやかに星はきらめき」の独唱・岩井溢子姉。合唱「主イエスを愛する身こそ幸なれ」などの間に会衆からの降誕物語の福音書聖書朗読が入り、岩井牧師の説教「光を運ぶ者」。「主よわれらを祝し」の合唱、「もろびと」の会衆のちから強い歌声がひびいた。第二部は、歌集によりクリスマスキャロルを歌い、茶話会の懇談を持った。初めての方が8名参加した。