エデンの園(2008 小磯-01)

2008.6.11

「現代社会に生きる聖書の言葉」
湘南とつかYMCA ”やさしく学ぶ聖書の集い”

第1回「洋画家 小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ」
創世記 1:27-31

神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。

創世記 1章27節

聖書は66巻からなる書物です。その最初の5巻は「モーセ五書」といって、古代イスラエルの偉大なる指導者モーセにちなんでその名が付けられている「律法」の書物です。その最初が「創世記」です。「天地創造」の物語から始められています。これはバビロニアの創造神話を原形にして、イスラエル民族が、苦難の歴史を歩む中で、自分達の世界観、自然観、人間観、信仰観、社会観などを、それに託して表現したものです。研究者は創造物語には二つの資料があることを指摘しています。神の名をヤハウェと記している古い資料(J)と祭司が纏めた少し新しい資料(P、前6-5世紀)です。それらを含めて書物として成立したのは、イスラエル民族の歴史では「民族のパビロニア補囚」以後です。男と女の人間の創造物語はこの両方の資料に、違った形で載っています。「エデンの園」が出て来るのはJ資料です。男の「ふさわしい助け手」として男のあばら骨から女が造られた(2:8-21)、という物語です。P資料では「神は人を‥神のかたちに創造し、男と女に創進された」(1:27)となっています。

さて、洋画家小磯良平さんは、どちらの記事から「エデンの圏」と表題されるさし絵を描いたのでしょうか。「エデンの園」と題すれば当然J資料です。1955年版『聖書 聖画入り』、1998年版『新共同訳 聖画入り』では共にこの絵の関連テキストは「2:8-2」と記入されています。しかし、今年神戸で行われた「小磯良平聖書さしえ展」の図録では、P資料が添えられています。図録の編集者、小磯記念美術館の学芸員辻智美さんに尋ねてみましたら、絵のイメージが1章(P資料)に近いのでそちらに差し替えたとのことでした。私もその方が適切であろうと申しました。表題はJ資料(2:8)から付けられています。これは小磯さんの選択ですが、大まかに『聖書』にアプローチをする文化的感覚として創造物語の「エデンの園」は許容の範囲だと思っています。Jの方は「その(人の)あばら骨の一つをとって…ひとりの女を造り」(21)「人とその妻」(25)と記されており、生活感覚があります。Pの方はもっと抽象的、理念的です。ここからですと、「女性像の画家」といわれている小磯さんの感性が遺憾なく発揮されます。

ういういしく清純な若い女性がやや横を向き、うつむき加減に絵の中心に位置しています。その左側一段下がってさりげなく背中を女性の肘掛けにするような位置に、休息する青年男性が描かれ、女性の視線の方向に面(おもて)を向けている、そんな場面です。
二人を囲む風景は、創造物語にふさわしくライオンが女性の傍らに眠り、兎のつがいが足下に遊び、遠景に草食動物が草を食らい、二人の背面にはしっかりとした赤い花の樹木が絵の構図を引き締めているという、静かな満ち足りた一瞬の情景です。

この聖書のさし絵が日本聖書協会から鈴木二郎氏によって小磯さんに依頼されたのは、「1967年末から1968年初頭と推測される」(辻)といわれています。1970年代頃までに「30本以上の長編小説のために4000点を越える挿絵が制作され、新聞・雑誌上で人気を博した」(研究紀要第2号 p.11)のが小磯さんでした。挿絵画家の熟成度、完成度は高いものです。でも写実の画家が、聖書のさし絵の仕事をするに当たって「想像で描いたのは後にも先にもこの作品だけでした」(図録 辻論文 注10)と言ったそうですから、そこには新聞小説とは違った緊張が伺われます。その緊張の中で、想像を通して写実にまで聖書テキストを纏めたものが何であったかを、読み取ることが、「さし絵から聖書を学ぶ」ことではないか、と思います。いわばこのたびの「集い」での聖書を読む方法論です。

創世記の1章26節の「われわれのかたちに、われわれにかたどって人をつくり」は、いわゆる「神の像(イマゴ・デイ)」が実に多様な解釈を生じさせている語句です。「直訳すれば”われわれの『ツェレム』(=形、彫像、姿、イメージ)として、われわれの『デムート』(=姿、模像、肖像、コピー)のように”となる」(『新共同訳旧約聖書注解1』 p.28) 。この注解の見解をとれば、古代オリエントでは「神の像」は「王の称号・尊称」として用いられたが、ここでは「王」ではなく、「人間」こそが「神の像」であり、男と女の両者の関係存在に「神の像」が表されていると解釈されます。これを「人間の品位の宣言」(『母なる地球』C.メステレス、F.オウロフィーノ著、佐々木治夫訳、ラキネット出版,2007)といったのは至言です。

小磯さんのさし絵は、その品位を、テキストから画家の感覚で良く読み取っています。私は、太平洋戦争の戦後まだ聞もないころ、「新制作派展」で小磯さんの作品に初めて出会いました。小磯さんの絵の展示室で清澄な品位のある作品に打たれた経験を忘れることが出来ません。後々計らずも、この画家の晩年にお交わりを戴くことになって、女性像の気品の由来を知ることになるのですが、創世記のこの一枚は、そのすべてを思い起こさせる一枚です。


(サイト追記:本連載は全32回、岩井健作.comには著作権の関係上、小磯良平画伯の挿絵は掲載できません。挿絵をご覧になる場合、出版されている『聖書の風景』をお求めいただければ幸いです。岩井健作さんが30年をかけたテーマで、本連載原稿と出版原稿も異なります)