ノアと洪水(2008 小磯-02)

「現代社会に生きる聖書の言葉」
湘南とつかYMCA ”やさしく学ぶ聖書の集い”

第2回「洋画家 小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ」
創世記 8章13節-19節

「そこで、ノアは息子や妻や嫁と共に外へ出た。獣、這うもの、鳥、地に群がるもの、それぞれすべて箱舟から出た。」

創世記 8章19節

 ♪ 水が出るから備えをせよと
  神様からのお告げを受けて
  海も見えないお山の上で
  ノアのじいさん船つくり

 子どものころ日曜学校で唄った「こども讃美歌」は、長い「洪水物語」を何節かで、的確に綴っていて子ども心に物語を印象づけてくれました。私などは洪水物語を聖書本文の読み取りよりも、歌や物語の語りから学び覚えています。改めて、面と向って聖書本文を読んでみると、意外に長く複雑であることに気が付きました。6章5節から9章17節までが洪水物語です。ちょっと注意して読むと細部に重複があったり相違があったりします。

 注解書を調べると、ヤハウェ資料(J典:紀元前9世紀の纏められ古い資料、神の名をヤハウェと記す)と祭司資料(P典:イスラエル民族のバビロン補囚(BC.597)後のユダヤ教団の祭司が纏めた資料)が密接に交錯している様子が一覧表になっています。全体は、「これはノアの系図(経緯)」(6:9)という定型句と「神はノアと彼の息子たちを祝福して言われた」(9:1)という祭司資料の締めくくりがなされ、洪水物語が原初史全体の編集の中に位置付けられています。そこには独特な契約思想をもって洪水物語の枠づけが為され、祭司資料だけにある箱船建造命令(6:14-16)の箱船の寸法指定などはエルサレムの神殿のイメージが下敷きとなっていると記されています。

 さて、洪水物語はもともとどこから由来しているのでしょうか。洪水物語は西アジア、ギリシャ、インドなどには古い神話の形では、たくさんあると言われます。聖書の洪水物語は、メソポタミアの洪水物語伝承に由来することはまず間違いないでしょう。物語の細部に至るまでを共有していると言われます。しかし、聖書の物語はそれの単なる翻訳で、はなくヤハウェ信仰(イスラエル民族をエジプトから救いだした救済の神。口語聖書では「主」と訳されている)のもとで独自の意味合いを込めたものなのです。伝承の洪水物語も人間の「罪と罰」の図式の中にあります。ここでは罰は結果的に生き物全体が拭いさられるという人間の悪が自然界までも巻き込んしまう結果になっています。聖書にも人間のゆえに大地は呪われるという思想はあります(創世記 3:17、4:12、5:29)が、その延長線であれば、人間と自然界が共に滅亡させられて当然です。しかし、義人ノアによってその家族と各種の生き者らの残されたものが、改めて創造の秩序の中に生かしめられるという所が微妙にメソポタミア神話と異なる所だと、研究者は指摘しています。人間の悪にも関わらず、大地は回復されます。人間と自然のこのような滅亡(審判)と回復(救済)の根拠を、ヤハウェが悔いと心の痛み(6:5)を持ったがゆえであったと聖書の洪水物語は記します。機械的な因果応報原理ではなく、「悔いる」という人格神ヤハウェへの応答の信仰がこの洪水物語には盛り込まれています。「要するに、洪水物語は全体としての人類の罪と神による審き、そしてそこからの救済を、自然(大地、生き物)との関わりにおいて、更には創造の秩序との関わりにおいて把握している……神と人間と自然との関係が創造世界の破局と救済という究極的な相貌のもとに照らし出されるのである。その点に、この物語の最大の思想的意義があるだろう」 (『創世記1』 月本昭男 1996 )。

 さて、小磯さんは聖書の挿絵を32葉描いていますが、聖書協会側からあらかじめ70箇所ほどが候補としてあげられました(辻『図録』)。その中から洪水物語を取り上げたのはごく自然であったと思います。いろいろな意味が込められています。まずは、天地の創造に続いて、通り過ぎることの出来ない場面と感じたのでしょう。「再救済」の場面です。それに何と言っても「箱船」は、絵になります。といっても小磯さんは神戸の画家でありながら船をほとんど描いていません。淡路島の風景に釣り船が出てくるデッサンがあるくらいです。小磯さんの書斎に箱船の載っている外国の挿絵聖書があったかどうかわかりません。やはりテキストを読んで、想像力を働かせて描いた一枚だと思います。完成作品の前に下絵を書いています。それには動物が描かれていませんが、水平線を彼方に、アララト山(8:4 洪水物語の中の唯一の地名。後のアルメニア地方)の断崖が水の引いていく様を暗示し、その岩盤に着地した箱船が画面上部に据えられています。その下絵に後から動物と船からおりる人物をニ人配置して完成しています。動物はテキストでは、「清い動物、清くない動物、一つがい(J)」「すべての動物(P)」 とあるくらいで、その種類までは記していない。小磯さんの絵で明らかなのは、ライオン、兎、キリン、シマウマ、カバと草食動物といった所です。烏もいくつかのつがいが描かれています。空の彼方に飛んで行くのは鳩でしょうか。「鳩はもはやノアのもとには帰ってこなかった」(8:12)とあります。ここを描くことで、絵は希望へと開かれています。ライオンは「エデンの園」にも描かれていました。神・人間・自然の調和の象徴を意味しているのでしょうか。いずれにせよ、穏やかな挿絵です。洪水物語の結論はヤハウェ資料では「大地を呪わない。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。…生き物をことごとく打つことは、二度とすまい」(22)とあります。ある種の達観を感じます。さらに物語の枠組を作った祭司資料では「水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない」(9:15)という祝福の契約が告げられています。洪水物語にはいろいろ場面がありますが、激しく、暗い、審きの部分を含む物語の全体で、もっとも美しく明るい部分を読み取って描く所に小磯さんらしい読みを、私は感じます。