信教の自由を守る日と私たち(1977)

1977年2月13日 岩国教会週報
「先週説教より」コリント第一 5:6-13

(岩国教会牧師12年目、健作さん43歳)

わたしたちは、…古いパン種を用いずに、パン種のはいっていない純粋で真実なパンをもって、祭をしようではないか(コリント第一 5:8、口語訳)

 パウロがコリント教会の信徒の状態を憂い、かつ戒めている。それは、キリストを信じることが、生活のある一部分の原理や、一つの知識になってしまっていて、全生活を貫くものとなっていない現状についてである。福音は人間の生活全体、歴史全体の救いであるからこそ、引き裂かれるような現実の諸問題の中でのうめきや悲しみに対して、十字架の贖いと終末的希望として示されている。にもかかわらず、キリストを信じると言いながら、生活の部分部分が、別なこの世の考え方に基づいてしまっていることが厳しく戒められている(コリント第一 5:9-13)。信仰を生活の一部に閉じ込めさせる力は、信仰者を内側から骨抜きにしてしまうが、そのような内なる弱点を利用して、外側から信仰者をダメにする力が、国家の権力、特に日本では天皇を中心とする国家主義体制であった。国家がそのような悪魔的なものにならないように憲法の信教の自由という足枷(かせ)があるのだが、今、その足枷がなし崩しにされかかっている。旧紀元節の復活を『信教の自由を守る日』と逆設定して自覚的に守り始めて11年になるが、この日は、私たちが、キリストに従っていく告白的在り方を自分の生活全体に、そして、自分の生活の根本に据えることをもう一度キリストの前に求められている。「真実なパンをもって祭(礼拝と生活)をしようではないか」(5:8)と。少量でも古いパン種を除いて、キリストの救いにしっかりと立って歩む決心を新たにしたい。

(1977年2月6日 岩国教会礼拝説教 岩井健作)


(報告欄より)
 礼拝後、讃美歌練習、壮年会例会『韓国キリスト教史』(閔庚培著、澤正彦訳、教団出版局 1974)学習会、夕礼拝。
 世界祈祷日準備会 14日(月)
 幼稚園・新入園児母の会 16日(水)
 祈祷会 16日(水)山口東分区教会セミナーに合流。岩国教会。
  ・主題「生きた礼拝、戦う生活」
  ・発題:岩井健作「公同の祈り」(礼拝の祈り、献金の祈り、祈祷会の共同の祈り)

 岩国キリスト者平和の会 17日(木)
  ・発題:岩井健作「日本史の虚像と実像」

 教区婦人会連合委員会 18日(金)
 牧師在宅日 18日(金)夜


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

error: Content is protected !!