「死を悼む」ことの宣教的意味(2002 宣教学 ⑲)

2002.6.14、西宮公同教会、関西神学塾、「岩井健作」の宣教学(19)

(神戸教会退任から3ヶ月、川和教会代務牧師 2002.7〜、健作さん68歳)

(サイト記)本文の5章をご覧いただき、その後に全文を掲載する。「9.11」は2001年の出来事ではあるが、引用されるサイードの文献は2005年の出版なので、本稿は2005年以降に書き加えられている。タイムスタンプは2002年にしてある。

5.地震以後書いた「死」に関わる文章との関連で

5-1.「家族の死を経験しなかった者達は、子供の死を胸に宿し続けている人達と、どうやって心を通わしたらよいのか。そんな荷物も持っています。」

(虐殺を経験したパレスチナの現在を生きる人達とどうやって心を通わすのかの課題。虐殺を生み出した権力の構造の中での歴史の共有)

5-2.「地震以後、私は『流れる時間』と『流れない時間』の二つがあって、生きているものは流れる時間を忙しく生きているけれど、亡くなった人達は流れない時間をゆっくり生き始めているという気がしてなしません。……流れない時の中から、私たちに語りかけています。……私たちが時の流れの中で、あの地震によって告げられた鮮烈な事柄の数々を、忘却の彼方に手放しそうになる時、流れない時の中から、呼び戻してくれるのが、(亡くなった)K君やF子さん、なのです。」

(世界の暴虐を呼び覚ます存在としての、悼まれることのない死のなかにある人達との時間の共有ということ)

5-3.「クニさんの自作で毎年みんなで歌っている歌に『ぼくのこと まちのこと きみのこと』という小さな曲があります。

『ぼくのこと/ぼくだけのこと/あのときを/しっている/おもいだしている/わすれないで/わすれないで』。

 地震では6,432人の方が亡くなられました。そのうち18歳未満のこどもは514人です。この一人一人に物語があります。その物語は『ぼくだけのこと』なのです。『わすれないで』とは、この物語を繰り返し繰り返し語るということです。地震を経験して、亡くなった人を宿す街は、死者の数だけ物語が今も語られているのです。しかし、それはほんとうに密かにです。その物語に心を寄せて『流れる時間』に生きているものが、『流れない時間』に出会うことが、毎年『追悼コンサ-ト』を続ける意味だと思っています。」

(死を悼むことは、物語の掘り起こしをすること、記憶の共有)

5-4.「地震で亡くなった6,432人の中でも、将来に多くの可能性を持っていた子どもたちの死はほんとうに不条理の死です。……残されて生き始める者たちが、これら一人一人の「子ども」の死の重さを負って生き始めることは、衝撃的地震が促している、あたりまえになってしまっていた「大人」の価値観や文化を問い直し続けてゆくことだ、との思いを新たにします。」

(悼まれることのない死を、悼むことは、歴史の不条理の死を、従来キリスト教神学で言われてきた『贖いの死』『贖罪死』の意味を、狭い意味で宗教的救いに限定するのではなくて、人間であることへの、命の絆へと開くことの共有、イエスの「復活」への理解について、佐藤研氏の神戸教会での講演は示唆に富む)

1.有事立法=自衛隊法改正案の示唆するもの。

1-1.「第115条の4、埋葬・火葬等に関する法律第4条および第5条第一項の規定は第76条により出動を命じられた自衛隊の隊員が死亡した場合におけるその死体の埋葬および火葬については、適用しない」

「埋葬・火葬等に関する法律第4条および第5条第一項」の規定は、「墓地・火葬場以外での埋葬・火葬を禁止するという条項。

「第76条により出動を命じられた自衛隊」は、現行自衛隊法の「防衛出動」。

 この改正案は、自衛隊員が現行「埋葬・火葬等に関する法律」では処置できない場所での「自衛隊の隊員の死亡」を予測しているための「適用除外」(法律用語)である。「防衛出動」は、海外派兵としての本格的参戦・軍事行動の展開を予測している。

1-2.戦時における遺体の扱い(死)に対する考え方の国家的意義づけ

 法律改正案と裏腹の2002年04月21日の小泉首相の「計算」された靖国参拝。「心ならずも国のために命を捧げられた方々全体に対して衷心から追悼を」(4/21 記者会見)。「国のために倒れた人に感謝を捧げるのは当然。さもなければ誰が国のために命を捧げるか」(中曾根、85年 自民党軽井沢セミナ-での講演)

2.人の死の意義づけ

2-1.国家が意義づける(追悼する)もの。「海行かば、水つく屍、山行かば、草むす屍、大君の辺にこそ死なめ、かえりみはせじ」(万葉集、大伴家持、長歌の一節)の国家的解釈の浮上を思わせる。本来のこの歌の意味につき笠原芳光氏に尋ねたところでは、恋闕(れんけつ)、宮闕の歌、宮にいます方に対する恋歌、男同志の友情、恋の歌。これを明治近代天皇制国家は「君主への思慕」という私的なものを、国家の制度、組織への忠誠の感情に包摂した。情を誘う曲を伴う。

2-2.私的共同体が意義づける(追悼する)もの(家族、友人、諸宗教等)。2-1と2-2の衝突は、例えば、自衛官合祀拒否訴訟、首相靖国参拝違憲訴訟等。追悼の例-友人ヨナタンの死を悼むダビデ(サムエル記下 1:17-27 哀悼の歌「弓」)。

2-3.誰からも意義づけ(追悼)のない死。大量虐殺の場合、追悼すべき家族、友人、地域共同体などの同時喪失。

 権力による大量虐殺、ホロコ-スト(ナチスによるユダヤ人虐殺)、南京、ヒロシマ、ナガサキ、沖縄、ベトナム、カンボジア、コソボ、パレスチナ、他。

3.人の死の意義づけは何によって変るか - パレスチナの場合

3-1.記憶の不均衡という暴力

「[9・11]は一つの死に、その死を悼む多くの者たちの、それぞれ固有で特別の,悲痛な哀しみがある。……数千人の人間を一瞬にして見舞った不条理な死という出来事の悲劇性が、世界の人々に共感を呼ぶ出来事として共有されたと言えるであろう。だが、一方で、四半世紀前レバノンで起きた、半年間にわたる攻撃によって4,000人のパレスチナ人が殺されたというタッル・ザアタルの出来事について知る者はほとんどいない。あるいは、19年前の9月16日からの3日間、サブラ-・ザアタルとシャティ-ラの両難民キャンプで起きた虐殺についても同様である。それらの出来事は決して、人間の歴史に長く記憶される悲劇として認識されていない。悼まれる死と、悼まれることのない死。」(岩波新書『テロ後』藤原帰一編所載、岡真理論文、p.65-66.)。

 岡氏は、悼まれるか悼まれないか、の境目を「記憶」の共有の有無として捉える。

「それぞれの死は、抜き差しならない思いを、死者の親しい者はもっているし、国籍、民族の多様さを含んでいる。境目は「記憶のエコノミ-における圧倒的な、暴力的なまでの不均衡がある。……グロ-バルな富の偏在と、この記憶の暴力的な偏在、これは決して無関係ではない」(p.68)。

 権力と富を行使する者が「自由、民主主義」として「普遍」としているものと、「テロリスト、原理主義、非文明」として「特殊」の線引きを行っているものと、記憶すべき出来事の間に「普遍」と「特殊」の線引きを行うこととは、同一の暴力的な構造に由来する、と彼女は言う。

3-2.虐殺に沈黙する世界

エドワ-ド・W・サイ-ドの訴え

 Edward W.Said(1935-2003)イギリス統治下のエルサレムに生まれる。合衆国に渡りコロンビア大学英文学・比較文化学教授。邦訳『パレスチナとは何か』(岩波書店 2005)、『文化と帝国主義』(全2巻みすず書房)など、8冊。『戦争とプロパガンダ』(2002/2/8,みすず。表題の論文の他、9.11以後の論文を含む)。

「(世論調査で質問された)アメリカ人のほとんど誰もがパレスチナ人の物語を全く知らないということだ。(1948年の出来事、34年にわたる非合法な軍事占領)……ほとんど非人間化されている。イスラエルのプロパガンダが50年もの間アメリカで反論されることもなくまかり通ってきた結果、いまでは(自分たちのイメ-ジやメッセ-ジが重要な点でこれほどまでにひどく歪められて伝えられていることに対して、わたしたちがきちんと抵抗したり抗議したりしないため)わたしたち[パレスチナ人]が何千という命を失い、何エーカーもの土地を奪われていても、誰の良心も悩ませることもないというところまできているのである。……「世界は沈黙している」……この沈黙を破るのは、どこまでもアラブとパレスチナ人の責任なのである。……近代史に於いてはじめてのことだが、イスラエルとその支援者が作り上げた軍事力と欧米におけるプロパガンダとが積極的に提携し、毎年50億ドルも送られてくるアメリカの税金に支えられて、イスラエルがパレスチナ人に対する集団的な懲罰を継続することを可能にしたのだ。」(p.10-11)

4.丸木美術館での体験

 飾られている大作。「原爆の図」「沖縄」「アウシュビッツ」「南京」(資料が引っ越しで見ることが出来ないので記憶に頼っている)その労作から感じられるもの、悼まれることのない死を悼む、作業。

 償うことの出来ない死への参与を通じ、自己の生存の根拠へと命を尋ねる求道の旅路を感じた。

5.地震以後書いた「死」に関わる文章との関連で

5-1.「家族の死を経験しなかった者達は、子供の死を胸に宿し続けている人達と、どうやって心を通わしたらよいのか。そんな荷物も持っています。」

(虐殺を経験したパレスチナの現在を生きる人達とどうやって心を通わすのかの課題。虐殺を生み出した権力の構造の中での歴史の共有)

5-2.「地震以後、私は『流れる時間』と『流れない時間』の二つがあって、生きているものは流れる時間を忙しく生きているけれど、亡くなった人達は流れない時間をゆっくり生き始めているという気がしてなしません。……流れない時の中から、私たちに語りかけています。……私たちが時の流れの中で、あの地震によって告げられた鮮烈な事柄の数々を、忘却の彼方に手放しそうになる時、流れない時の中から、呼び戻してくれるのが、(亡くなった)K君やF子さん、なのです。」

(世界の暴虐を呼び覚ます存在としての、悼まれることのない死のなかにある人達との時間の共有ということ)

5-3.「クニさんの自作で毎年みんなで歌っている歌に『ぼくのこと まちのこと きみのこと』という小さな曲があります。

『ぼくのこと/ぼくだけのこと/あのときを/しっている/おもいだしている/わすれないで/わすれないで』

 地震では6,432人の方が亡くなられました。そのうち18歳未満のこどもは514人です。この一人一人に物語があります。その物語は『ぼくだけのこと』なのです。『わすれないで』とは、この物語を繰り返し繰り返し語るということです。地震を経験して、亡くなった人を宿す街は、死者の数だけ物語が今も語られているのです。しかし、それはほんとうに密かにです。その物語に心を寄せて『流れる時間』に生きているものが、『流れない時間』に出会うことが、毎年『追悼コンサ-ト』を続ける意味だと思っています。」

(死を悼むことは、物語の掘り起こしをすること、記憶の共有)

5-4.「地震で亡くなった6,432人の中でも、将来に多くの可能性を持っていた子どもたちの死はほんとうに不条理の死です。……残されて生き始める者たちが、これら一人一人の「子ども」の死の重さを負って生き始めることは、衝撃的地震が促している、あたりまえになってしまっていた「大人」の価値観や文化を問い直し続けてゆくことだ、との思いを新たにします。」

(悼まれることのない死を、悼むことは、歴史の不条理の死を、従来キリスト教神学で言われてきた『贖いの死』『贖罪死』の意味を、狭い意味で宗教的救いに限定するのではなくて、人間であることへの、命の絆へと開くことの共有、イエスの「復活」への理解について、佐藤研氏の神戸教会での講演は示唆に富む)