友よ!閉塞を破る呼び掛け(2002 京都・賀茂教会・慰霊の日・礼拝説教)

剣を取る者は皆、剣で滅びる(マタイ26:52、新共同訳)
友よ(マタイ 26:50、新共同訳)

2002.6.23、「慰霊の日」沖縄全戦没者追悼式の日
賀茂教会 礼拝説教

(神戸教会牧師退任3ヶ月後/川和教会代務牧師就任1ヶ月前 健作さん68歳)

マタイ 26章47節−56節

 皆さん、今朝は、マタイ福音書26章をテキストに選ばせていただきました。選択の背景には多少今の時代を意識した所があります。しかし、そうでなくてもここはなかなか魅力あるテキストです。ここは、一見マタイ福音書の終わりの方、受難物語の一部で、これといった箇所ではありません。イエスが、当時のユダヤの権力者たちに捕らえられ、十字架刑に処せられて殺されていく物語です。26章から27章へと続きます。それにしても、長い長い物語です。

 新共同訳聖書には、分かりやすくするために、小見出しがつけられています。そこを追ってみますと、まず、イエス殺害計画の計略が練られます。弟子のユダがイエスを裏切ります。イエスは、弟子たちと最後の食事をします。イエスの死を愛おしむ女性の話や、ゲッセマネでイエスが祈られる話が続きます。

 そうしていよいよイエスの逮捕です。それから、最高法院での裁判の様子が告げられます。さらに事もあろうに、イエスを慕って弟子となり、ガリラヤの田舎からずっとついて来たペトロが、イエスを裏切ります。悲しい場面が、一層悲しくなります。

 27章に入ると、イエスを裏切り、官憲に銀貨30枚で売った弟子ユダが自殺をします。裁判の方は、ローマ総督の手に移って、とうとう、政治犯として死刑の判決を受けます。ローマの兵士からさえ侮辱を受けて、十字架刑という、政治犯に適用される、世にも残酷な処刑方法で、とうとう殺されます。イエスは大声で叫んで息を引き取ります。マタイ福音書は、この様子を「地震が起こり、岩が裂けて」と特別な描写をします。そして、密かにイエスを慕っていた上流階級の議員がイエスを墓に葬ります。死刑を執行した官憲は、死体を盗まれて「イエスは復活した」などと言われないように番兵を付けて警護をします。ざっと、こんな劇的ドラマが、マタイ福音書の「受難物語」です。

 聖書には同じような物語を書いている福音書は、三つありますが、マタイ・マルコ・ルカではそれぞれ少しずつ、強調点や、ニュアンスが異なります。ヨハネ福音書はさらに著者の意図で独特な物語になっています。

 さて、今日読まれた所は、イエスが逮捕される所です。三つの福音書を比べてみると、細かいところで、いろいろ異なっています。マタイ福音書の中から、二つの事を取り上げ、マタイが語ろうとしたメッセージを汲み取って参りたいと思います。

1.剣を取る者は皆、剣で滅びる(マタイ26:52、新共同訳)

 第一は、「剣を取る者は皆、剣で滅びる(マタイ45:52)」という言葉です。他の福音書には、逮捕する側も緊張して、官憲についてきた群衆が、剣や棒を持っていたという事が記されています。また、イエスの側にいた者も、剣を抜いて、大祭司の手下に打ってかかって、片方の耳を切り落としたという話が載っています(マルコ)。イエスがその耳を癒されたという話も載っています(ルカ)。剣を抜いたのはペトロだったという記述はヨハネです。

 しかし「剣を取る者は皆、剣で滅びる」という、諺に近い言葉を入れているのは、マタイだけです。この言葉は不思議な言葉で、聖書の中、旧約にも新約にも似た言葉がありません。多分、諺だったのだと思う、と言いましたらある方が、これこそ、他の文献にないからこそ、イエスが語った独自の言葉と言われました。マタイは、イエスの真性の言葉に基づく伝承であるにしろ、そうでないにしろ、それを知っていたのでしょう。「剣」が出てくるお話の中で、用いたのです。そうして、この事はイエスの考え方を、よく表している言葉にもなっています。このことは以前から少し綿密に調べたかったのですが、手元に十分な資料がありません。

阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう)さん(1901-2002)

 今日は、この言葉を信じて、この言葉にほんとうに忠実に生きた一人の人のことを紹介したいと思います。この人は、沖縄の北部で、貧しい農家に生まれます。お父さんが、とにかく教育を授けておかないと、立派になれない、と考えて、師範学校にいれます。しかし、学費のため無理をしたものですから、病気になってしまいます。沖縄から知人を頼って、大分県の別府で、キリスト教の牧師を頼ってそこに滞在して、療養をします。その時キリスト教信者になります。元気になって、南米ペルーに行ってひと稼ぎしようと、移民に加わります。しかしそこに待っていたものは、過酷な労働でした。しかも、せっかく稼いだお金を、体を悪くして日本へ帰る旅費のない友達のために、彼は使ってしまいます。その後、やっと自分の旅費を作って、命からがら日本に帰ってきます。そうして京都の一灯園の西田天香さんのところにいって修行をします。天香さんから「あなたは沖縄に帰って、人のために働くのがよい」と諭されて、沖縄の伊江島に行きます。はじめは、小さな雑貨屋をやり、お金を作って、土地を少しずつ買います。四万坪を作って、そこに木を植えます。土地の人は木を植えることに反対で、どんどん引き抜きます。彼は負けないで植えます。そうして、そこに学校を作る計画をたてます。デンマークのグルンドウィーという人がやっていた学校と同じものを作って、神と人と土を愛する人を育てることで日本の国を立て直そうという大きな考えを持ちます。一人息子を教育者に育てますが、沖縄戦で兵隊に取られて死んでしまいます。そうして、伊江島の畑と森は米軍の侵攻で徹底的に破壊されてしまいます。戦後、アメリカはキリスト教の国だから、悪いことはしない、と信じているのですが、いざアメリカの支配が始まってみたら、彼の土地は米軍基地に取り上げられてしまいました。取り上げた土地を返せと、沖縄で初めて土地闘争を戦った人です。この人の名前は、阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう)さんといいます。阿波根さんの戦後五十年あまりの、沖縄での戦いは、岩波新書に2冊記録になって残っています。『米軍と農民』『ぬちどぅ宝 − いのちこそ宝』という本です。伊江島にいってみますと、阿波根さんや、伊江島の人が、米軍から家を焼かれ、農地を取られたのを取り返すために、たてられた小屋があります。そこに、この聖書の言葉が、大きく書いてあります。

「剣を取るものは皆、剣で滅びる」

 阿波根さんは大変ユーモアのある人で、土地を耕して、作物を作り、いのちを養う農民が、一番神に近く偉い人だと思っています。それから、一人一人ゆっくり話せば、必ず分かってもらえると、考えています。また、人は一人一人異なり、自分の意見を持っていますから、代表というのはないと思っています。米軍と交渉する時も、肩から上に手を挙げません。それは、手を挙げることは、暴力になり、剣を取る事と同じだ、と考えているからです。

 晩年、家の側に「ぬちどぅ(いのちこそ)宝の家」という小さな手造りの資料展示館をたてました。戦争で使われたものを拾ってきては展示してあります。若い人がくると、戦争について、語り部になって話して聞かせます。

 戦後、沖縄でもっとも激しく、持続して、そして非暴力で、土地闘争をやり続けた人です。彼はたった、一つの聖書の言葉に聞きました。それが、マタイのこの言葉です。

 彼の著書『米軍と農民』(岩波新書 1973)という本にこういう事が書いてあります。

「米軍から任命された琉球政府の主席が、『私が土地問題は解決する……』といった時、それを信じて一任しました。それでは解決できないと知った時、立法院、アメリカのカトリック教会、沖縄人教会、お寺、学校その他、偉い人といわれるところへはどこへでも出かけて、助けて下さいとお願いしました。どこでも満足のいく答えはありませんでした。その時私たちは、初めてかんがえました。お寺はお経を読んで葬式するところであったのか、教会は賛美歌を歌って説教するところなのか、……目を見張るような大きなお寺、近代的教会が建ち並び、偉い学者や、立派な僧侶、牧師が熱心に『立派な人間になりなさい、悪い事をしてはなりません』と学理や愛や慈悲を説かれているにもか関わらず、なぜ世の中はよくならないのだろう。……ここまで考えあぐんだ時、これは悪魔が天下を支配し、政治を支配しているからではないか、そして教育もお寺も教会もこの悪魔の召使になって、悪魔から給料をもらい、悪魔に養われ、悪魔のために働く道具に使われているためではないだろうか……私はこう考えました」(p.119-120)。

 また「戦争を起こす人間こそ本当の悪魔だ」(p.218)と言っています。

(参照):「阿波根昌鴻さんから問われていること」(『Kyomei【共鳴・響命】』No.6, 2002年4月、編集発行:村椿嘉信)

 阿波根さん(1901-2002)は、今年3月21日101歳で亡くなられました(肺炎)。「学習こそ平和の武器」と説きつづけた人として朝日新聞は追悼文を掲げました。

 今日は、6月23日。1945年6月23日に沖縄で公式には戦闘が終結した日となっています。阿波根さんは、聖書の勉強をことさらした人ではありませんが、聖書に生きた人だと思います。しかも、たった一句の言葉です。それが、マタイ26章の「剣を取るものは……」の言葉である時、この言葉の力、またその言葉の由来であるイエスの存在に圧倒される思いです。

 いま、日本の国は「剣を取る」事がスムーズにできるように有事立法(武力攻撃事態法案、安全保障会議設置法改正案、自衛隊法改正案)が国会にだされています。よく読んでみると大変な法律です。

2.友よ(マタイ 26:50、新共同訳)

 さて、マタイには「剣を取るものは皆、剣で滅びる」の、さらにその根底を支える大切な言葉があります。それは、イエスの言った「友よ」という言葉です。これも、先に申しましたように、他の福音書にはない言葉です。なぜマタイはこの言葉をここに入れたのでしょうか。また、この「友よ」をどう理解すればよいのでしょうか。

 イエスは、「友よ、しようとしていることをするがよい」と言われた。(マタイ 26:50、新共同訳)

 パスカルは『パンセ』(553)のなかで、こう言っています。「イエスはユダのうちに敵意を見ず、かえって自らの愛する神の命令を見給う。敵意を認めなかったからこそ、彼はユダを友と呼び給うた」。

 ここは、いろいろ読み込まれる聖書の箇所です。武力の前に、権力の前に、金の力の前に、信頼や愛は弱く見える。しかし、なお裏切る者に、裏切りを包む「友よ」という言葉を持って、イエスは「ユダ」との、またイエスを見捨てていく者たちとの関係を持ち給うた、このように理解する以外にありません。

 日本は戦後五十年、「力」すなわち武力、アメリカとの安全保障条約の方に重きをおいて外交を進めてきました。しかし、日本の国是と申しますか、本当に国の在り方の精神のよりどころは「憲法」であった筈です。日本国憲法の前文は「国際間の紛争は、諸国民(ピープル)の信義に基づいて解決する」という理念を掲げてきています。現実主義の方々からは「何が、子供みたいなことを言って」と笑われそうになるのですが、でもみんながそのような意志を持てば、それが「力」になります。力を「武力」と考えるか、「信頼」と考えるか、その分水嶺が大事です。

 私たちの日常は、いつも揺れています。池田小学校の事件が起きた後、兵庫県は、私立の幼稚園に警察への直通警報電話の設置を求めました。補助がありました。もちろん、万全の対策は必要です。それは、まず、日頃の保育にあります。私がその当時責任を持っていた幼稚園は、まず大事なのは警報装置をつけることではない、と言ってつけませんでした。「備え」は警報装置ではなく、日々子供を愛し、大事に育てる、その心に在るのだ、と教師達で話し合いました。

 例えば、アフガニスタンの人々が、日本を信頼してくれているニュースがあります。それは、自衛隊を派遣する日本ではなく、NGOを育んでいる日本です。備えあれば憂いなし、という「備え」は、信頼・信義です。「友よ」と徹底して呼ぶ、生き方である。イエスは十字架の死をご自分で引き受けて、なお「友よ」という人への神の愛を示された。安易に、信頼とか信義が、力を持つ訳ではない。

 この世では、それは、逆説でしかない。しかしなお真理である。
『剣を取るものは皆、剣で滅びる』。この真理を、愚直に証しする人が少なくなった。みんな、賢くなって、防衛問題を論じるようになった。しかし、備えとは、本当に何なのか。「友よ」と、徹底して声を掛ける、イエスに、意志的に従って行く事であると思う。