1通の電報(1976)

1976年8月29日 岩国教会週報

(岩国教会牧師12年、健作さん43歳)

 27日夕方、教区内各地から集った幼稚園教師研修会の参加者を見送り、横山ユースホステルから帰った時の感じは、今夏最後の責任と役割を終わったという安堵と疲れと充足とが入り混じって、何か遠いところから戻ったような気持ちであった。留守の牧師館の戸口に、電報局が配達したが不在、というメモが貼ってあった。発信局は「ヤマグチタカネ」とある。「もしや…」と不安のよぎる心を抑え、受話器を取り問い合わせる。「ローマのロ、新聞のシに濁点、…」といった具合に浮かび上がる電文は、即座に読み返せない。傍らのK姉と妻の心配そうな表情が崩れ「ロッキード」という言葉が出て緊張がほぐれた。「ロジケンカイメイノタメ イノロウデハアリマセンカ」。

 西中国山地の一角で「ロ事件」と「祈り」が直截に結びついた生活を静かに堅持している70代半ばの同信の兄弟の姿が思い浮かぶ。山にはもう秋の気配が漂い始めているだろうか。思わぬ時、虚をつかれたというか、澄んだ山からのメッセージに呼び覚まされるというか、清々しい思いだった。「ゲキレイカンシャス コンシュウノキトウカイノ イノリトス.トモニイノラレタシ」と返電した。

 祈りは祈り終わって、立ち上がることまでを含むと言われる。1通の電報は祈りの実であろう。ロッキード事件と我々の祈りとがどう結びつくのか。それは祈りの質の問題にまで関わっている。マスコミのニュースが自民党の内紛を追っていることに目を奪われていてはならないと思う。「ロッキード汚職追放の運動は、今また新たな出発点に立っている」(「週刊ピーナツ」20号)といわれる。どんなに小さくても、この事件に対する自分の考え、自分の祈り、自分の行動を見つけ出していきたい。終わりに1通の電報の発信者のお名前を記させて戴く。大杉理さんである。

(1976年8月28日記 岩井健作)


(報告欄より)
 共同の祈り「ロ事件解明のために」
 礼拝後、山口東分区牧師夫人会、夕礼拝。
 30日(月)岩国市内幼稚園園長会
 31日(火)牧師在宅日
 9月1日(水)幼稚園始園式
 9月1日(水)祈祷会・聖書研究会
 2日(木)中谷裁判公判、於山口地裁
 3日(金)教区幼稚園教師研修会実行委員 反省会


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

error: Content is protected !!